この空気には覚えがあった。あれだ、合歓が初挑戦のレシピで作ったという菓子を試食させられている時の、アレ。俺の第一声を待つ、期待の目。同じだ。
まぁ、今目の前に居るのは可愛い妹ではなく、アラサーの男なのだが。
「美味ぇよ」
スプーンですくった一口を嚥下して、そう伝えた。嘘などついてはいない。普通に――と言ったらそれはまた誤解を招きそうだが――美味いと思ったから、そう言ったのだ。
俺のその一言に、作った本人はわかりやすく安堵した様子で、自身もようやく皿に向かった。
急に連絡がきたのだ。「シチューを作ったんだが、食いに来ないか」と。訊けば、自分で作ったのだという。めずらしいこともあったものだ。
特に断る理由もないから、誘われるままに男のマンションを訪ねたのだった。
「つーか、なんでシチュー?」
「食いたくなったんだよ、最近寒いし。でも、案外ノーマルなクリームシチューってコンビニにも売ってないし、出してる飲食店もなかなか見当たらないんだよな」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。だから自作したのか。というか、これくらいならできるんだな、料理。
「レシピどおりに作ったら鍋いっぱいになっちまってさ、助かったよ」
「じゃあ、まだあンの?鍋に」
「あるぞ」
「貰うわ、も少し」
さっさと平らげた皿を手に、立ち上がった。キョトン、とした表情でこちらを見ていた銃兎は、「どうぞ」と言ってくすぐったそうに笑った。
よく冷えた白ワインに、俺が以前美味いと言ったパン屋のバゲット。芋が多少溶けて小さくなっていようが、鶏肉の皮がベロンと繋がっていようが、ニンジンの一切入っていないクリームシチューが、美味くないわけ、ないだろう。