人間は習慣の生き物である

bechica
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この辺りを読んだ。

習慣の力〔新版〕(ハヤカワ・ノンフィクション文庫) https://www.amazon.co.jp/dp/415050542X/

 以下はそのサマリ、と思ったこと。

 哲学者のジョン・デューイは「人間は習慣の生き物である」と言った。人間は、毎日たくさんの意思決定をしている……ように見えて、その判断の多く(一説によると40%以上)は「その場の決定」ではなく「習慣」によって為されている。

脳はサボりたがっている

 T字型の通路にネズミとチョコレートを入れて、脳の活動を観測する実験がある。

 Tの字の下端にネズミを、左上にチョコレートを置き、交差点を仕切りで塞いで通れなくしておく。"音を鳴らしてから" 仕切りを取り去る。道が開かれても、道を把握していないネズミはチョコレートへの道筋がわからない。しかし、うろうろしているうちに偶然チョコレートに行きつく。

 実験を繰り返すうちネズミは通路の構造を覚えるから、どんどん早くチョコレートに到達できるようになる。実はその過程でネズミの脳の活動はひそかに変化している。

 通路を覚えようと試行錯誤するとき、ネズミの脳……特に基底核という部分が激しく活動して状況を整理しようとしている。しかし回を重ねるごとに脳の活動量は少なくなっていく。つまり、"あまり脳を使わなくなる"。

 一連の行動をひとまとまりの慣例として行うことで脳の活動量を抑えるこのプロセスは、チャンキングとも呼ばれる。都度判断せずに自動運転出来るようになっている状態。これが習慣化だ。

 習慣を覚えた脳はカロリーを抑えるために、要所要所でだけ活動するようになる。ネズミの例の場合、"仕切りを開く前に音が鳴るとき"と"チョコレートにありついた直後"だけ、瞬間的に活動する。前者のタイミングは習慣を使うかどうか、使うとしたらどの習慣を取り出すか判断するために。後者では習慣を使うことで無事報酬が得られたことを記憶するために。

 この習慣化の仕組みによって脳は省エネできるわけだが、悪いことも起こる。例えばギャンブルで多幸感を得る習慣を覚えてしまった人は、同じ報酬を得るためにたびたび同じギャンブルを行うようになってしまう。

きっかけ、ルーチン、報酬、そして最後のパーツ

 習慣は"きっかけ" と、"ルーチン"と、"報酬"の組み合わせで出来ている。ネズミの例では、音が鳴り(きっかけ)、決まった手順で迷路を走り(ルーチン)、チョコレートにありつく(報酬)。報酬にありつくごとに脳はその習慣が有効であることを学習し、より強力に習慣に依存するようになる。

 しかし実を言うとこの3つのパーツ"だけ"では、習慣化は起きない。要素が一つ足りていないのだ。なぜ機能しないのか説明するために、猿とジュースの実験を見てみよう。

 実験の基本的な構造はネズミの実験と同じだ。猿を椅子に座らせてモニターを見せる。モニターに決まった模様が流れたときにレバーを引くと、好物のベリージュースが流れてくる。模様がきっかけ、レバーを引くことがルーチン、ジュースが報酬、という構造だ。習慣が定着すると、前述したように脳はあまり働かなくなる。一番脳が働くのは報酬をもらえた直後で、多幸感に満たされる。

 しかし、更にこのサイクルを回すと、脳の働きがもう一段階変化する。具体的には、きっかけを見た瞬間に多幸感を感じるようになる。つまり、報酬を"待ち望む"ようになる。これが習慣サイクルの最後のパーツ、"欲求"だ。

 きっかけ→ルーチン→報酬をサイクルさせるためには、報酬を待ち望む心、欲求が必要なのだ。欲求がないサイクルは反復されず、習慣にならない。一方、適切な報酬が設定されると習慣自身が欲求を作り出している状態になり、より強力に習慣に引きずり込む。

 多幸感を先取りする段階に至った猿は、期待通りの報酬が得られないと怒ったり落胆したりさえするようになる。このレベルまで染みついた習慣は中毒に似た症状を引き起こすため、風評の悪化や仕事や家族の喪失などの強烈な負の出来事を上回る強力な強迫観念をもたらす。

習慣をハックする

 習慣の効用や仕組みは分かった。では、望まない習慣を消し去ったり、望ましい習慣を新たに身につけることはできないだろうか?

 そこで理解しておきたいのが、一度染みついた習慣は完全には除去できない、という習慣の持っているもう一つの強力な特性だ。

 例えば通路のチョコレートの位置やモニターの模様を変えてみよう。すると習慣が機能しなくなるわけだが、時間をおいて元の条件に戻すと、すぐ仕舞い込まれていた習慣がすぐに呼び出されるようになる。

 したがって既に悪い習慣ができてしまっているならば、それを完全に消そうとすべきではない。それよりもむしろ、部分的に改変する形で無害化するのが良い。

 無害化のアプローチは、きっかけ、ルーチン、報酬の特定から始まる。たいていルーチンは自明であることが多い。そもそも、「悪い癖・悪い習慣が身についてしまっている」と自覚できている時点で、ルーチンとなっている行動自体は自覚できているはずである。

 次に報酬を特定しよう。もしルーチンが発動しそうになったら、そのルーチンを「少しだけ」変えてみる。もしルーチンを変えてみても満足感が得られないなら、あなたの欲しているのは「それ」ではないことが明らかになるだろう。もし自分が本当に求めているものを見つけることが出来れば、その文脈に沿った良性のルーチンに置き換えてやればよい。

 最後にきっかけを見つけよう。ルーチンが発動しそうになったら、いつ・どこ・どんな気持ちの時に・誰といるときに・直前に何をしていたかをメモして共通点を探すのが良いだろう。

不可知の習慣

 ……というのが本書、『習慣の力』の大まかな内容なのだが、本書を読んで思い出した本がある。この本だ。

使える行動分析学: じぶん実験のすすめ (ちくま新書) https://www.amazon.co.jp/dp/4480067728/

 この本も、自分の行動を見直して改善することを目指す本なのだが、"何か行動をした直後に環境が変化すると、その変化のためにその行動が将来繰り返されたり、繰り返されなくなることがあり"、"この関係を「行動随伴性」と"して紹介している。

 そして、行動を誘発するトリガーを好子、阻害するトリガーを嫌子、これらが出現するか消失するかの2*2の4パターンを基本型、さらに好子・嫌子の出現・消失そのものを阻害する阻止型を加えて さらに+4パターン、計8パターンに分類できる、と説いている。

 この解説は2つの点で『習慣の力』の解説を補強しているように思う。

 1つめ。『習慣の力』は「行動していること」にフォーカスして習慣をハックするテクニックを解説しているが、この方法は「~を避けている」というタイプの習慣は見逃しやすいと思う。そもそも認識できなければ習慣をハックするもないので、死角を補強するような考え方になっていると思う。

 2つめ。行動そのものが環境変化を促し、環境の変化自体が習慣サイクルを加速させたり減速させたりするということにも注目したい。例えばジョギングをしてみたら膝が痛くなったので、膝が治っても走らなくなった、というようなマイナスの学習をしてしまうと、習慣サイクルがマイナスに働いてしまう。

 何か思い立って極端な行動をしてしまうと現状とのギャップが大きすぎて続かない、いわゆる三日坊主状態になる。無理のない範囲で設定しなければ長続きせず無駄に終わってしまう、というのは補足しておきたい。