前作から約一年。The Birthdayの二枚目のアルバム「TEARDROP」。もうアルバム出るんだ?と驚いた気がするけど、そういやミッシェルも基本は一年に一度アルバムだしてたんだった。
まず最初に思ったのは、アルバムのタイトルに悲しみが出るようになったということ。ミッシェルでもROSSOでも、アルバムのタイトルではあまりなかったこと。「チキンゾンビーズ」や「サブリナノーヘブン」など、死がただようような名前はあったけれど、エモーショナルなタイトルではなく、なんかかっこいいじゃん、ってものをタイトルに冠していたと思う。前作だってRollers Romanticsだ。それが今作は「TEARDROP」。こぼれる涙。そういう内面を持っている男ではあるけれど、それを出すのは照れ臭い部分もあったのか、隠すほうの人だと思っていた。でも今回はタイトルが「TEARDROP」だ。なにかバースデイとしてか、チバとしての変化がありそうだな、と思いながらアルバムを聞き始める。
「バブスチカ」からアルバムは始まる。これだけ聞くと、前のアルバムとの地続きのロックンロールでそんなに変わらない音のように思う。基本的にミッシェルのころから一曲目はアルバムの内容を色濃く象徴するような曲が多かった。「ウエストキャバレードライブ」の重くうなるようなグルーヴ。「デッドスターエンド」の渇いたカラッとしたロックンロール。「シトロエンの孤独」の複雑に入り組んだ構成。「ブラックラブホール」の演奏を慈しむかのような長尺曲。ROSSOでいえば「惑星にエスカレーター」のチバのギターでグルーヴの中心を作ろうとする意思表示。それぞれの一曲目がアルバムの個性を表していた。それを思うと「バブスチカ」は前作の流れから変わった曲ではない。ふーむ、前作からもう少し焦点が定まった作品になるのかな?と思いながら二曲目へ移る。
二曲目、「プレスファクトリー」。
ぎゃあ。
ミッシェルでもROSSOでも前作でもきいたことない音が鳴っている。一曲目を前フリに使うという技をチバが覚えた…?!とはいえ「プレスファクトリー」は一曲目向きの曲ではないので、この曲を活かすためにこう配置するのはベストとは思える。
まず「プレスファクトリー」が生まれただけでひとつ次のステップにすすんだアルバムなんだなというのが伺える。こんなに淡々とした八つ刻みのザクザクとしたギターの上でチバががなることなく、優しく淡々と歌っている。音楽的な展開として大きな盛り上がりはない。淡々と曲は進んでいく。曲の描く内容は違えど、チバがミッシェルで行きたかった次の世界に一歩足を踏み入れた。ギュイーンってしなくても、ベースがブインブインしてなくても、強いエイトビートがなくても、チバのがなり声がなくても。きれいなメロディとチバの声をバンドが寄り添うように支える。飾り気を極力無くしたことで、今までに見えなかった新しい魅力が浮き彫りになってる。なるほど、こっちがあったかとハッとさせられる。
歌詞の内容もなんだかストレートだ。
それはまるでブランキージェットシティがすべての作品で「ブランキージェットシティという架空の街にいるやつらはみんなおかしいけれどサイコーだぜ」を表現しつづけていたかのように。プレスファクトリーにいる従業員はみんなファンキーで、そこは自分にとって天国であり、僕のすべてが集まっている。チバが、こういう世界が好きだっていうのを素直に吐露しているように思う。もちろんチバなので、あいつの車は沼に沈んでくし、最後に讃美歌をうたっていたあいつも消えてしまうけど。それでもここは天国だなぁ、と朴訥とうたっている。なんか、かわいい。
この曲に象徴されるように、アルバム全体で今までのロックンロールな曲も多いけど、チバの考える世界をどう具現化するかにバンドとしての方向性が固まってきた作品なのかなと感じた。
「LOVERS」も「LUST」も「タランチュラ」もそう考えるとしっくりくる。昔なら歌の合間の一呼吸や歌の裏でアベのギターのおかずをほしがっていたかもしれない。ドラムフィルで変化を多く求めていたかもしれない。ベースソロで緩急をつけたがっていたかもしれない。ミッシェルはバンドとしての化学反応だった。The Birthdayはバンドのアンサンブルを通して世界観を作るんだと宣言してるように思う。
と、同時に「タランチュラ」で強く感じたんだけど、このバンドのグルーヴはここにあるぞっていうのが見つかり始めた作品のようにも思った。ハルキのベースラインを活かす曲が多い。チバにとっては新しい仲間のハルキだけど、ハルキが面白い音を出してくれるのが嬉しくてたまらない、そこに呼応した曲をどんどん作ろうというようにみえる。「モンキーによろしく」はチバのグレッチとハルキのベースが会話するような曲だ。チバの照れ臭そうなニヤッとした顔が想像つく。
音楽的な面でいえば「このアルバムがすごい!」というよりも、このあとのバースデイの作品がすごいことになりそう、を匂わせる種がたくさんある作品だなと感じました。次作を聞くのがたのしみになる。
と、ここまでがアルバムの感想で。それとは別記事にしたいレベルで心を打つ曲がある。
「KAMINARI TODAY」。
なんてダセぇタイトルだと思った。アルバムのラストにあるけど、今までのアルバムラスト曲で一番タイトルがダサい。「武蔵野エレジー」という曲を昔ミッシェルで出したときに頭に出てきた疑問符以来だ。そんときはギターウルフリスペクトかな?と思いつつ、曲を聞いたら「ああ、武蔵野エレジーですわこれは」と納得したのでした。じゃあこの曲もきっと聞けばわかるのだろうと、最後の曲に再生が進んでいく。
これは、チバの独白だ。この男はこういう歌詞をいつでも書けるけど、言葉の響きを優先するひとだったし、照れくさくて詩的に表現を変えるひとだった。いろんな思いを「なめつくしたドロップの気持ち」と言い換えていたように。これは明らかに、チバとだれかのことを歌っている。誰かはいくらでもあてはめようができる。ミッシェルのことだといってもいいし、チバと一緒にロックンロールしてきた仲間たち、ファンたち、どうとでもなる。一緒にパーティをし続けてきたやつらがたくさんいる。その仲間たちに、まるで酒の席でぼやくように、自然と漏れてしまうように、言葉がつむがれる。怖いもの知らずだったあのころと自分が変わり始めていることの変化を歌っている。
ずっと転がり続けてきて、ふと立ち止まって空を見上げたら、空すらなかった。あれ、と思ったんだろう。
この感覚は働いているでもなんでもいいけど、一生懸命に生きてきた人ならどこか違う形で共感があるんじゃなかろか。中学高校のときの友達といっぱいやんちゃしてきたり、大学の友達と飲み歩いたり。公ではいえないけど酒の席で話したらずっとネタにしつづけられるようなことをして笑っていたあの頃。ふと我にかえると、あれ、もうあのころと同じではいられてないなとなる感覚。
生きてくと勝手に背負う荷物は増えるもんで、少しずつ簡単には動けなくなる。でも音楽、特にロックンロールってのはすごいもんで、聞いているだけでそれが少しだけ軽やかになる。現実逃避ともいうし、今をより生きるともいえる気がする。ミッシェルだけじゃないけれど、たくさんのロックンロールを聞きながら少しだけ肩を軽くしながらみんなパーティを続けてきた。でもそれだけじゃやりきれない日もあって、一人眠れない夜をすごすことだってもちろんあるし、どんどん増えてきている。
ああ、チバもそうなのか。というか、そうだよな。こんなに感受性豊かな人なんだから。つらいんだよなチバだって。
一番最初のほうに、一曲目はアルバムの内容を代表する曲が入ることが多いと書いたけれど。同じように、アルバムのラストはチバのその時思うことが強くにじみ出る傾向が強かった。「ダニーゴー」や「ドロップ」、「赤毛のケリー」。それでもずっと詩的表現と言葉の響きを重視した内容だったように思う。この曲は明らかに、言葉の響きよりも、伝えたいことに重きを置いている。
アルバムのタイトルは「TEARDROP」。こぼれる涙。どうやらこのアルバムだけなのかわからないけど、チバはThe Birthdayでの新しい表現として、自分の伝えたいことをそのまま届くようにすることに挑戦するようになったんじゃないか。そのためなら照れくささとかやってる場合じゃねえんだっていう覚悟すら感じる。
チバが見ている世界はきっと美しいと思っていた。美しい世界を、チバがいつも詩のように置き換えてみせてくれていた。でもそれが今作ではもっとストレートに、俺が見てる世界はこうなんだよと伝えてくれる。もしかしたら次の作品以降はもっとチバの話がたくさん聞けるかもしれない。年老いていきながら、そのときそのときチバが思ったことを聞けるかもしれない。それはすごく素晴らしいことだなと思わせてくれる。
そして美しいのが「KAMINARI TODAY」の最後の二行。
俺たちは変わったかもしれないし、前とは同じではないかもしれない。怖いものしらずに「あの時をぶっ潰し」にいっていたあの頃よりも考えることが増えた。それでも、それでも。カミナリを鳴らしにいくんだと。「今の俺たち」にしかできないロックンロールを鳴らすんだと。これはそういう宣言。カミナリトゥデイ。やっぱりダサいタイトルだけど、痛いほど意味がわかる。ダサいけど。
ミッシェルやROSSOでは抱くことのない、違う感慨に包まれて、このアルバムは幕を閉じる。
忘れがちだけど、聞く側は勝手に年を取る。年を取って、あのころはよかったとなっていき、昔好きだったものを美化して新しいものをあまり取り入れなくなる。それも自然なことだと思う。チバといえばミッシェルだ、で止めちゃうのもそこそこ自然なことだと思う。実際俺もそうだった。
でもチバは、昔とおなじじゃなくても、今を必死に生きようとしていて、今の自分を作品に刻み続けるとここで言っている。同じように年を取るから一緒にいこうぜ、と言ってくれているような気がする。
あのころ俺はこの曲はいいなとは思ってたけど、一定の距離感をたもってしか聞けてなかったから、気づけなかったな。チバ、ごめんな。
これが2007年のアルバム。このあと作品としては2022年の作品まで15年ぶんある。チバがどう変わっていくかのドキュメンタリーが見れるかもしれないと思うと、一緒に生きていくのを一度やめてしまってごめんという後悔と、今からでもチバの人生を知れる楽しみが同時に押し寄せる。そんな作品でした。
「プレスファクトリー」「KAMINARI TODAY」の2曲だけでもとても価値のある作品だと思います。