田中たま子になりたかった

美味
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「問題のあるレストラン」というドラマが大好きで、これまで3回は繰り返し観たくらいお気に入りだ。主人公の「田中たま子」は、仲間と共に飲食店を経営しながら、男女格差と戦う。ドラマの本題はそういった女性軽視やセクハラの横行を訴えるものだと思うが、私は「田中たま子」の職業と、仕事に対する彼女の姿勢が大好きだった。

『良い仕事がしたいんです』 これが、「田中たま子」の口癖だ。

美味しいものが大好きで、仲間想いで、時には厳しく、常に優しい、良い仕事がしたくてがむしゃらに走る「田中たま子」に、強く憧れた。お店のスペシャリテ「じゃがいもとキャベツと厚切りベーコンのポトフ」は、登場人物の心を動かした。

私も良い仕事がしたくて、「田中たま子」になりたくて、大学を卒業し飲食店で働き始めた。正社員は月6日の休みで、ランチとディナーの間にある休憩時間も仕込みをし続けないといけないくらい忙しい店だった。失敗をする度に店長を不機嫌にさせた。2ヶ月で逃げるように辞めた。

その後洋菓子店に販売員として転職した。完全週休二日制で残業もほぼなく、十分な休憩時間もいただけた。シェフのこだわりに上手くついていけなくて、会話が減り、居づらくなってしまって1年弱で辞めた。

最後の転職にしようと、地元から離れたアイスクリームのお店に就職した。地元よりも都会な場所でひとり暮らしが始まり、毎日新鮮な気持ちで過ごした。適応障害になり3ヶ月で辞めた。

そして今に至る。無職となり、地元に帰ることになった。

ただ良い仕事がしたかっただけなのに、「田中たま子」になりたかっただけなのに、なぜそれがこんなに難しいんだろう。なぜ私は他の人と同じように働けないんだろう。私はなんて我儘で弱い人間なんだろう。

無職という現実に頭を殴られながら、「じゃがいもとキャベツと厚切りベーコンのポトフ」をつくる。市販のコンソメと、小さく切ったベーコンブロックで、本物よりだいぶチープなポトフができあがる。

またしても「田中たま子」にはなれなかった。もう何度目だ。そろそろ諦めよう。

私にとっての『良い仕事』はどこにある、何なんだろう。見つける日は来るのかな。

相変わらず無職にハンマーでガンガン殴られながら、熱々のポトフをすする。舌を火傷して、痛みで涙が出た。

@bimichan
美しい味