適応障害と診断された3日後にインフルエンザになった。
熱が38℃あっても、熱がある感覚が無かった。もしかしたら今までも、熱があるのに気づかず働いていた日があったかもしれない。ゾッとする。というかゾクゾクする。あぁ熱があるからか。病院に行ったら隔離された。
踏んだり蹴ったりとはこのことだ。ただでさえどん底にいたのに、喉と頭の痛みで奈落の底へ落とされて埋められた気分だ。それでも唯一の救いは、実家に帰っていたことだった。
そもそもメンタルクリニックに行こうと決めたきっかけは、家族に勧められたからだ。その数日前に、初めて友だちと家族に弱音を吐いた。それまでずっとずっと、辛くても誰にも言わず我慢していた。そのせいで、話した頃には既に限界だった。
実家に着いて、猫の頭を久しぶりに撫でたとき、生きものの温かさに泣きそうになった。猫は私を覚えていてくれたようで、喉を鳴らしてくれた。普段は憎まれ口を叩く父が、文句を一切言わず私に接してくれた。母がつくった豚汁は身体中に沁みた。きょうだいが、コンビニスイーツを買ってきてくれた。
ひとりじゃないんだと分かった。私の脳内は申し訳なさ、罪悪感、焦燥感が半分と、もう半分はひとりじゃないことの安心感があった。自分の性格や行動には損してばっかりだけれど、それでも生きていられるのは家族や友だちに助けられているからだと感じた。
私はプライドが高い。人からズバリ言い当てられると恥ずかしくて涙が出てしまうくらいプライドが高い。プライドが高いというのは2種類あると思っていて、1つは自信たっぷりなあまり高慢で人を見下してしまうタイプ、もう1つは自信がぜんぜん無いあまり人からの攻撃にめっぽう弱いタイプである。私は後者のプライドタイプで、人から怒られたり指摘されると物凄く落ち込む。自信がゼロになる。そして病気になる。非常に扱いにくい人間である。困った性格だと自分でも思う。
でもこの性格で24年も生きたのだ。一歩進んで三歩下がり、もがき苦しみながらも、たまに幸せを感じ、よく食べ、よく笑い、私と一緒にすくすく育ったプライドと、24回の春を過ごしてきた。
高いプライド、そう思うと愛しく思えてくる。直せるものならとっくに直してら。もう共に歩いていくしかないのだ。大丈夫、私はひとりじゃない。愛する家族と友だちと、とびきり高いプライドがついてる。