ほしいのはなし

しずむ
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公開:2025/12/22

宝くじを買いたい。

各種ジャンボの時期に毎回言っているけれど、結局人生で一度も買ったことがない。結果の確認を忘れそうだな、確認したとて300円を引き換えに行くのを忘れるな、と思ってしまう。ネットで買えば当せん金は口座に振り込んでくれるって?……でも買わないんだろうな。

同じ感じで、「ほしい!」とよく口にしている。好きなものは好きを疑っている割に、そこのハードルは低いらしい。ただやっぱり購入行動が伴わないことがほとんどで、ほしい≒可愛いくらいの語彙である。

あっこれ今話題の「クリエイターになりたい」と同じやつ、と思ってちょっとああ…となっていた。「買ったらいいじゃん」と言われたら、わたしも困ってしまうな。ほしいけど、ほしくないので。

ものが沢山ある状態がストレスになる人もいるけれど、どちらかといえば、ものが溢れている方が安心するタイプだ。家族揃って収集癖があるので遺伝的な部分もありそうだし、育ってきた環境的にも殺風景な部屋だとどうにも落ち着かない。

それはそれとして持っていることで虚しい気持ちを味わうこともしばしばある。いたずらに場所を取る諸々の収納に手を焼くのは勿論のこと、せっかく手に入れたのに大切にできていないもの、久しく使っていないものの存在を知覚した瞬間に悲しくなる。

かといって上手に手放すこともできない。貧乏性もあるけれど、どうにも心が残ってしまう。わたしの悪すぎる記憶力をもってしても、ものに纏わる思い出やエピソードって存外忘れられないものだ。

ほしいけどほしくない、のは、その辺をわかっているからなんだろう。

わたしの「ほしい」にさほどの重たさが伴ってないのを知っている。けれど、手に入れてしまったら最後、後悔や責任にも似た感情が実体を持ってしまう。片付けられなくて、手に負えない。手に入らないものを乞い続けるのもつらくて、これもやっぱり手に負えない。

だから防御機能として、そこにあんまり深刻さを持たせないようにしているんだと思う。好きの深さまで落ちてこないで、どうか、口をついて出る軽やかな言葉のままであって「ほしい」。

欲すること自体が罪悪めいているのに、所有している間も、手放すときでさえ罪の意識から逃れられない。

……でも、ものに囲まれていないと、さみしい。

そんなわけでまもなく年末、ものに溢れた部屋を眺めながらちょっと途方に暮れている。この状況からでも入れる保険ってありませんか?

買ってもないけど宝くじが当たってほしいし、その当せん金を払うので誰かに掃除をしてほしい……そんな愚かを願いつつ、現実逃避にこの記事を書いていた。部屋、寝てる間に綺麗になっててほしいな。

@blueish
すなおなきもちでいたいけど、多分たくさん嘘もつく