クリスマスのはなし

しずむ
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公開:2025/12/13

クリスマスソングを聞かない日がなくなってきた。12月も半ばになってきたし、あらあらもうそんな時期ね?という感じで、赤白緑に彩られた街を僧侶でもないのにぱたぱた走り回っている。

しかしながらクリスマスにあんまりいいイメージがない。というか記憶力に難しかないため、思い出自体が割とない。

記憶力が悪いはなしは改めて書きたいと思っているのでそれはそのときのわたしに任せておくとして、そのくせ、強く印象に残っているクリスマスがある。

小5の冬である。

クラスのクリスマス会があった。

要は、小学校あるあるの学期末のお楽しみ会だ。それっぽい挨拶で会をはじめ、お調子者が流行りの芸人のネタを披露し、椅子取りゲームやフルーツバスケットで盛り上がり、最後に歌を歌ったりするやつ。机を丸くくっつけて、そのまま仲良く給食も食べたんだったかな。

で、そのときにクラスみんなで「チキンライス」を歌ったのだ。

知ってるだろうか、チキンライス。

作詞した人も作曲した人もあれな感じになっているが、毎年この時期になるとテレビから聴こえてくる曲だ。今年もバラエティー番組で誰かが歌っているのを見かけた。現代、方法はいくらでもあるので、詳しく知りたければ調べてみてほしい。

ゴールデンエイジというのだっけ、10歳前後のやわらかい脳で得た感覚や記憶は生涯失われないのだとか?

そのせいもあってか、今になってもその歌詞を忘れられない。なんなら、毎年この時期になるたび蘇ってくるちょっとした呪いになっている。

曲の中にこういうフレーズがある。

親に気を使っていたあんな気持ち

今の子供に理解できるかな?

これ。わたしが「今の子供」だった頃から、理解できるどころの騒ぎではなかった。

ウチはたまにしか家族で外食できない家……とかでは全くなく、なんなら多忙さゆえに「よし!ご飯作る余裕ないな!ご飯食べ行くよ!」みたいな外食に対して肯定的&超フッ軽な家だった。

にもかかわらず、わたしは歌詞に出てくるような恐れを一生抱え続けていた。弟妹が遠慮なく好きなもの頼むのを見ながらメニューを睨むのが常。

(親が選んだ料理より安いもの……怒られなさそうなもの……!ドリンク?デザート?そんなわがままとんでもない!)

実際のところは弟妹が許されていたように、わたしにもわがままは許されていた。これを頼んだから怒られるなんてこと一度もなかった。11歳そこらの子供が勝手に親に気を使って、気を使いすぎていただけなのである。

前回うっすら書いた外食先でメニューを選ぶのにしんどさを感じる根も、恐らくこの辺にあるんだろう。食べたいものを素直に選ぶことに妙な罪悪感があって、いつも何処かでブレーキを踏んでいる。財布を握っているのが誰でもない自分になって久しいのに、だ。

さて、話は戻ってお楽しみ会の歌。

大変あやふやながら、あれは担任の提案だったと記憶している。新採2年目だった彼が何を考えてこの曲を持ってきたのかはわからない。調べてみたらCDの発売が2004年の11月とちょうどその時期だったから、テレビで話題のクリスマスソング!くらいのチョイスだったのかもしれない。20年近く続くこの呪いを思えば、……できればそうであってほしいなと思う。

歌がかりさん(お楽しみ会では司会やはじめの言葉など、各々に役割分担があるのだ)が模造紙にプロッキーで書いた歌詞を見ながら、声を合わせて歌った日は既に遠い。あの日あのとき、共に歌ったクラスメイト達は、みんないい歳の大人になり、その多くは人の子の親になっている。

ふとテレビから聞こえてきたあの歌を聴くとき、彼らはその胸に何を思うのだろう。齢11の、まだ子供だった自分がどんな気持ちで歌っていたのか、思い出したりするのだろうか。あるいはただ、懐かしいなあと笑って、今の家族との話のネタにするだけ?

チキンライス、きらいである。オムライスにも大抵ピラフかバターライスを包んでしまう。炒めたケチャップ自体に苦手意識ができて、ナポリタンもまず好き好んで食べなくなった。

クリスマスも、苦手だ。幸せを凝り固めたお祭り騒ぎの中で、今も消えずに残る自分の傷を思い出すから。

七面鳥もでかいケーキもホテルのスイートも要らないから、クリスマスには雪が降ってほしい。

別にホワイトクリスマスとか、そんなロマンチックを望んでるわけじゃない。ただ、この感傷を冷たくも優しく覆い隠してくれたら、痛みを感じなくて済むかな、なんて、情けなくも期待しているだけだ。

@blueish
すなおなきもちでいたいけど、多分たくさん嘘もつく