ショッピングモールってかなり地元の特色が出ると思っている。
田んぼがすぐには見つからない程度のそこそこの田舎に住んでいる。人口はおそらく減少しているが土地が余っているため子連れらしき家族の建てた綺麗な一軒家が気が付いたら発生している。
近所のショッピングモールはショッピングモールではあるものの、人々の想像するイオンのように最早街だろレベルのビッグ商業施設ではない。むしろいつイオンに飲み込まれるか時間の問題ではないかと思いながら地元民にとっては何故かずっとそこにあるかのような謎の自信(慢心)だけを与える規模の、普通のショッピングモールである。
生活に必要な大抵のものは売っていると思われるそのショッピングモールに、出不精極まる私は久々に赴いた。
私が生まれる前からそこにあり、外観が一度たりとも変わっている気がしない施設に入った。すると、身バレするので店舗名は出せないが有名チェーンがかなり目立つ部分を大きめに占領し、あれ?入る建物間違えたかな?と一瞬思うほどになっていた。
そこには名も思い出せない店舗がちらほらと並んでいたはずなのに、それらが一気に経済的力を持つ有名チェーンに飲み込まれていた。そして、平日にしては珍しく若い人が数グループ店内を歩いている。
高齢化だけでなくそもそも若者が都市に出向いてしまうような我が地元で、これほど若い人がこのショッピングモールを歩いている風景はなかなか見られないものであった。残酷ではあるが、これが時代の流れに沿うということなのである。
私はあくまで菓子類を買いだめるために久しく来ていなかったこの施設に来ただけだというのに、突然時間の経過を感じさせられた。
しかも食品売り場はセルフレジが増え、食品棚も綺麗になり、なんかパン屋まで生えていた。なんてことだ。
くつろぎスペースで座っているお年寄りの方々と地元施設にありがちな謎オブジェだけが、この施設に昔の名残を思わせる存在になってしまった。
チェーンの割合が増え、若年層への需要が増加し、この施設が存続するのであれば、こういった諸変化は全て必要なものとわかっているが、最近時間というものを如実に実感させられる出来事が多々発生するようになった。
もうすぐ令和生まれが小学生になるだとか、いまの小学生はこの作品より後に生まれたみたいなネタがバズりやすいことに気づいた人々が定期的におすすめに現れ、特に誰も幸せにならず老いだけを突き付けられる。
自分はただでさえ在宅で家を出る機会が少ないため、できればインターネット上の変化だけでなく、地元やその外の時間の経過を目で見て肌で感じるようにしていった方が劣等機能成長の観点からも良いような気がしてきた。
もう少し散歩とか旅行に行きたい。外に出たい欲が出てきているし、いいタイミングかもしれない。