四月十二日 何かを書くということ

文学少女
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公開:2026/4/13

 相変わらずなぜだか耳鳴りがする。この耳鳴りは一体なにか。ふとした瞬間に脳を割るように響く耳鳴り。脳を刺すように響く耳鳴り。僕にだけ実在している音、この音は一体どこから鳴っているのか? 苦悩からか? 憂鬱からか? おそらくどちらも違う。耳鳴りはただ鳴っている。空虚でなにもない世界にひびを入れ、世界と僕の間に溝を掘っている。世界に目的や意味がないように、この耳鳴りも、ただ鳴っている。耳鳴りはただ鳴ることで自身の存在を示している。ひたすらに自分の存在を訴えている、孤独な人間の叫び声のようだ。秒針の音のように、耳鳴りは、普段は息をひそめていながら、ふと、己をこれでもかと誇示する。どうして近頃になって、唐突に、この耳鳴りは僕のもとによく訪れるようになったのだろう。

 僕は内側にどんどん言葉を溜めていく。言葉は洪水のように僕の胸からあふれてくる。この日記は、溜まっていった言葉を放出する作業だ。僕は往々にして苦悩を書く。なにかを書き始めたきっかけは苦悩であったし、苦悩は言葉をあふれさせる。なにかが溜まったら、それは放出しなければいけない。僕は黙って生きてきた。苦悩を僕の胸のなかに閉じ込め、ひたすら言葉を蓄えてきた。そしてあるとき、言葉のダムは決壊した。あまりにも多くの言葉を溜めこんでしまい、思わず言葉があふれだした。そのときはじめて、僕はなにかを書いたのだった。創作のような、随筆のような、奇妙な文章を……。それはこんな書き出しではじまる。〈目を覚ましたのは昼過ぎだった。蒸し暑さと汗が染みたシャツで憂鬱な目覚めだった。カーテンの隙間から差し込む日光は、薄暗い僕の部屋を貫いていた。意識が明晰になっていくにつれ、蝉の鳴く声が徐々にはっきりと聞こえてきた。蝉の声は寝起きの頭の中で響いていた。ベッドから起き上がる気力がない僕は、しばらくそのまま横になりながら物思いに耽っていた〉。今思えば、これは〈倦怠〉の言葉だ。静かなこの文章は、当時の僕の、精一杯の叫び声だった。その頃に書いた他の文章には、こんなものもあった。〈駅は多くの人で溢れていた。僕はこの光景を見る度に、自分という存在がいかに小さくて、どうでもいい物なのかを感じていた。次の日に、この中の誰かがいなくなってもきっと誰も気づかないだろう。自分が人間社会という大きな流れの、とてもとても小さな粒子の一つであるというのは、益々自分を無気力にさせた〉。僕を襲っていたもの、僕を覆いつくしていたもの、それは〈倦怠〉、〈無気力〉、そして芥川龍之介が抱いていた〈漠然とした不安〉だった。もっとも強烈な〈倦怠〉に襲われていたとき、僕はこんな言葉を残していた。〈突然、自分の中の何かがプツンと切れた。生きる上での義務感というか、責任感というか、急にそれが消失したのだ〉。そう、あのとき、僕のなにかがプツンと切れたのだ。自分を生に繋ぎとめていた糸、自分をまだ人間に繋ぎとめていた糸が、そのとき、切れたのだ。糸が切れ、僕は失墜した。暗い奈落の底へ、〈倦怠〉の底へ。僕は廃人になった。僕の心は、ずっと、どこかからっぽだ。