旅のスケッチ

文学少女
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 僕は梶井基次郎全集の「Kの昇天」を読んでいた。読むのを一旦やめ、僕は車の窓から、左へと流れゆく風景を眺めていた。もやもやとした雲が空に蓋をしていた。湯気のような真っ白な雲から、黒々とし、角張った山々が頭を出していた。薄く淡い緑の木々間を縫うように、茶色の侘しい枯れ木が姿をのぞかせていた。車の中では、BUMP OF CHICKENの「天体観測」が流れていた。

  

 芝生の中、色褪せた枯れた草が、風に吹かれてそよそよと揺れていた。水で薄めた墨汁で描いたような曇天の下、枯れ木が一本淋しくそびえ立っていた。そして、灰色の墓地が、僕の目の前に広がっていた。いかにも寂しい冬の風景だった。

 

 ある荷物を忘れたとかで父が不機嫌になり、部屋の空気は険悪になった。その空気から逃れるように僕は散歩に行った。山の中、空気は冷涼で澄んでいた。静かな道を歩いていると、聞こえてくるのは僕の足音と、雪解け水が流れる音だけだった。密生している枯れ木は毛細血管のように枝を広げていた。白い曇天を見上げると、その黒く細い枝が映え、まだ枝についている数枚の小さな枯葉が美しかった。土は雪に蓋をされ真っ白に染め上げられていた。僕のポケットには川端康成の「雪国」が入っている。雪道を歩くお守りのようなものだ。僕は遠くに横たわる山々を眺めた。黒く堂々とそこにいて、頼もしさを感じた。その頂上の近くは雪で点々と白く染まっていた。さらに遠くの山は青白く霞み、幽玄で美しかった。その山を見た後に近くにある山を見ると、一切の霞みはなく、いかにも自然なものだと感じられた。山々の上の空は、今にも晴れようとしていた。白い雲の隙間から、鏡のように冴えた水色の青空が覗く。今この文章を書いているログハウスの暖房が暑い。

 

 銀世界の夜は青かった。昼間空を覆っていた雲は姿を消し、黒い夜空が広がっていた。昼間茶色だった枯れ木は、灰色に見えた。空気は冷たいが、春と訪れを感じさせる優しさがほのかにあった。吐く息は白い。夜空には、星々が煌めいていた。あそこにも、あそこにも、あそこにも、星があった。オリオン座がある。大熊座がある。星は、一つ一つが、白く命を燃やしていた。ずっと星空を眺めていると、どんどんと星が浮かび上がってきた。そして、文字通り満天の星空がそこにはあった。僕は白い息を吐きながら、その星空に心を鷲摑みされていた。あぁ、ほんとうに、なんて美しい星空なんだろう。星はみな、ぎらぎらと輝いていた。普段は見えない小さな星も、これでもかと輝き、存在を誇っていた。星が夜空を埋め尽くしていた。聞こえてくるのは雪解け水が滴る音だけだった。僕は走るようにして宿に戻った。