卒業研究のテーマを決める面談やらがあったが、やはり気が重たかった。僕の興味は合理的なものから非合理的なものへと移り変わってしまったように思う。僕は数学や自然科学の合理さが好きで、文学の非合理さが好きだった。このアンビバレントな僕の嗜好について僕はその奥底にあるものを考えたことはなかった。この一見矛盾した二つのもの、これをつなぎ合わせている僕は、なんなのだろう。
何をするにも気が重たく息苦しかった。
松浦寿輝の「巴」を読み終える。詩人でもある著者の繊細な散文はナボコフを彷彿とさせる。言語芸術、本質的な言語芸術。それでいて、サスペンスの緊張感が僕を連れていく(推理小説的構成はポール・オースターの手法を感じる)。久しぶりに僕の頭にぶっ刺さるような文学だった。
僕を苛み続けているこの怠惰について、探求をしたい気持ちが湧いてきた。シオランもボードレールも怠惰を語った。怠惰とは一体何か?