マンディアルグの「大理石」(高橋たか子・澁澤龍彦訳)を読み進めているが、これは澁澤龍彦が言っていた《幾何学的精神》による幻想文学だと感じた。文体、描写が明確で、明晰で、硬質で、まるで作中に出てくる正多面体のオブジェのような《幾何学的精神》がある。豊かなイメージ、幻想的なイメージが、くっきりと描かれている。文体もそうだが、描写される物自体、幾何学的な物体や構造になっている。
〈私はその壮大な形のものが、五個の(プラントン的な)正多面体、すなわち四面体、六面体、八面体、十二面体、二十面体などであることを確認した〉
〈部屋の中心を占めているのは、シンメトリックに配置された植込みのように、五辺形をなして立ち並ぶ二十五本の円柱であった〉
この、シンメトリー、正多面体のモチーフは、澁澤龍彦の「胡桃の中の世界」を思い出させるが、そこにはこんな言葉があった。〈私がプラトン的立体に特別な興味をもつようになったのは、じつをいえば数年前、現代フランスの作家アンドレ・ド・マンディアルグの『大理石』なる小説を翻訳してからのことだった〉。マンディアルグが発端だったわけだ。「大理石」の《プラトン的立体》訳注でヘルマン・ワイルの「シンメトリー」が引用されていたが、僕も持っているがこれは理数系の本で、改めて澁澤龍彦の引き出しの多さ、博覧強記を感じた。「大理石」でも「胡桃の中の世界」でもそうだが、幾何学的精神の世界のなかでこそ、幻想的なイメージが輝くように思う。無機物が直線なら有機物は曲線、といったように、幻想はなめらかであり、幾何的な空間、精神、文体のなかにあると、幻想はより生命力を持ち、激しく燃える。