心療内科よ、こんにちは

butanokakuni
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2021年6月中旬のことである。私はその日、人生で初めて心療内科の門を叩くことになった。

毎年、健康診断を受けているのだが、先日、社内の病院からチャットでメッセージがやってきた。どうやら毎年の健康診断の問診票と医者の診断の結果、数年前から私にはウツの症状が見られるようになっており、年々ひどくなっている、とのことである。そのため社内の心療内科を受けるように勧められたのだ。

確かに、自分でもまぁ、正常ではないだろうな、と納得してしまったのだが、あらためて他人から勧められると、困惑してしまうものである。どうせ形式的な質問するだけだろうし、社内とはいえ病院は面倒くさい位置にあるため、気乗りはしなかったのだが、良い機会だから一度受けて見ようか、ということにしたのであった。

私の会社には病院があって、そこで自由に診療を受けて良いことになっている。風邪や腹痛はもちろん、腰痛の場合も電気治療を施してくれるので、私も時々利用している。先日、ある朝突然、腰痛で動けなくなった時は、起き上がるのも歩くのも絶望的だったのだが、抜き足差し足でたどり着いてなんとか処置を施してもらい(なんか腰に電気を流すやつ)、まさしく九死に一生を得たものだった。薬が欲しかったり、腰や歯の治療をして欲しかったりする時は自ら進んで行くのだが、来いと言われるととてつもなく面倒くさくなるものである。まぁ、初めての体験だから行ってみるか、と私は心療内科に訪れることにしたのであった。

私が病院に到着するとすぐに、若い看護師が「こちらにどうぞ」と案内をしてくれた。どうやら社員番号と健康診断の結果が伝わっているようで、私が特に説明をすることもなく、心療内科にスルスルと通されることになった。この時、その看護師は案内する際、「これからこちらの部屋に通うことになります」と私に宣告したのであった。私としては今後特に通うつもりはなかったので、はぁそうですか、と気のない返事をしてしまった。この時、何気なく振る舞ったのだが、私は驚いて内心ドキドキしてしまっていた。「このままX回の通院でいくらの契約金になります」とか言われて怖いお兄さんが出てきて強制契約することになったらどうしようか、この国の病院にはクーリングオフは適用されるのだろうか?と、まるで悪徳セールスに引っかからんばかりの警戒のしようであった。私は生来、小心で臆病な人間なのである。

部屋に通されると、重厚な椅子に鎮座した医師が待機していた。歳は私より少し上の男性で、どうやら産業医という立場で一時的に会社に通っているようだ。診察はアンケートに私が記入し、その後先生が私に質問する形であった。

私は最初に形式的なアンケートを記入した。「夜眠れているか」「週末はどのように過ごしているか」「極端な体重の変化はあるか」などである。私はできるだけ最近の現状をそのまま伝えたのである。30分ほどの質疑応答形式の診察の結果、私が受けた診断は「正常な人」と「入院措置が必要な人」のちょうど真ん中だ、ということである。医師の話を聞いてみるに結構危険な状態な気がするのだが、彼の医師の言葉では、これぐらいなら2,3ヶ月で完治する人もいますよ、というものであった。ただし、うつ状態が始まってからの時期が長いと治るのも遅くなります、とのことだそうだ。私は薬に頼りたくなかったので、薬と通院による治療は拒否をした。医師は「運動と日の光を浴びてください」というアドバイスをしてくださり、私はその言葉を胸に控えたまま、病院を後にしたのであった。

私は、心のどこかで私はまだウツ病ではない、と思い込んでいたのかもしれない。確かに、流行り病のせいで、平日は会社に来て、特に会話もせず、また週末は独りで誰とも会話をせず、自宅で寝転がっているだけであった。私はそれを1年半ほど繰り返していることになる。でもこれは流行り病のせいもあるし、私だけではないはずだ、と皆頑張っているんだ、と自分に言い聞かせていた。しかし、だんだん些細なことにイライラするようになってきたのも自覚している。道を歩いている時にすれ違う人とチラッと眼が合うだけでイラっとするのである。相手は私に関心なんてないのだろうが、因縁をつけられているように感じてしまい、歩いているだけでイライラしてしまっていた。冷静に考えるとかなり頭がイッてる状態な気がするのだが、なんとなく放置していたのであった。

世のすべての人は私に対して興味がないことも頭では理解しているのだが、どうやら私は他人が自分をどう見ているのかと気になってしまい、他人と一緒にいるとストレスが溜まる気質のようである。私は、一人でいることがどうやら性に合っているようだ。20代の頃は「うぇーい」とかいいながら友人達と一緒にBBQ河原でバーベキューやナウいスノーボードにハマっていたこともあったのだ。当時はそれが「充実している!」と思い込んでいた。しかし、今思うと友人というより大学や新入社員の同期、という同じコミュニティの知人とただ流されるままに過ごしていただけであり、無理に周囲に合うようにカラ元気を出していて、楽しいとは思っていなかったのである。若さによってエネルギーが余っているからただ消費していただけだったのだ。

医者からは「週末は誰と何をして過ごしていますか」という質問に対し、「友達も恋人も配偶者もいません。平日の退社後と週末は、数年誰とも会話していません」と伝えた際、先生もかなりドン引きしていたようで、「人間って、だれかと関わっていく必要があるんですよ。あなたにもそういう人が見つかると良いですね」と、いかにも問題児を諭すように気を使って私に教えを説いてくださっていた。確かに医者のアドバイスもよく理解できるのだが、現在の私のこの厭世的な状態で仲良く人とララランと陽気に過ごせるとも思えないので、私はとりあえず運動と日光浴をしながら経過観察することにしたのであった。

おしまい