現代社会の波に飲まれて、自分という人間の価値を見定められ、枯れ切ってしまう。自分の価値が見えない。
不幸な時代を生きるとはこういうことか…。
今から、少しおもしろい考えを脳に撒いてみることにする。
皆さんは、自分という人間の価値をどこに置きますか?
技量、なにかの腕前、人間性、なにかの成績
それらをよく考えてみると、永遠というものは何もない。そして、上位存在が現れたとき、それは消し飛んでしまう。
価値のない人間になってしまった。人は誰かに代わられるとわかると脆いようである。
考え方のイノベーションが必要そうだ。
自分が死ぬまで変わらないものは、自分の人生において、自分という人間に自我が宿っていることである。
では、自分の価値をそこに見出してみるとどうなるか。
こんなすごいことをしている人が周りにいました。
あの人は自分より技術を持っています。
あの人は自分より人との交流がうまい。
あの人は自分より考えることが得意。
でも、その人たちは全員、自分の人生において、自分が持っているような自我を持っていない。
その人たちはそれぞれ自分の人生を生きているようであるが、自分の人生において、その人には自分の自我が宿っていない。
これに対し、自分という人間には、自我が宿っており、自分の意識で自分を動かすことができる。
自分という人間が自分の人生における自我を持っていることを、自分だけが持っていて、世のすべての人間の中で一番素晴らしい要素であると考えてみる。
そうすると、自分にとって、自分が絶対的に価値のある人間だと思えるようになってくるような気がしてくるかもしれない。
本日の思考実験はココらへんで。
言語化がちょっと難しかったです、伝われ