自分自身が変化することを許す。

Arisa
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バタバタとした新年度。今日の午後、家庭訪問が終わったらとりあえず一息つけそう。

週明けに今年度初の参観もあるけれど、家庭訪問のプレッシャーに比べたら楽なもんだ。

今朝は散歩中に写真を撮らなかったので、朝ごはんの後に元気づけのために食べたおやつの写真を。

毎朝飲んでいる、ブレンディのカフェオレブレンド。パッケージが日替わりのメッセージになってる。

かわいいイラストと共に結構ハッとさせられるメッセージで、いつも「今日は何が出るかな〜?」と楽しみのひとつに。


ここで書き始めてもう10日以上がたった。実はまだ誰にも伝えていない。

litlinkにはURLを載せたけれど(無料で使える、自分のサイトやSNSをひとまとめに表示できるサービス)、SNSやこれまで書いていたnoteやブログにはまだ「ここで書いてます」という告知はせず。

でもそれでよかった。ひとり淡々と書くことで、だんだんと書くことへのしんどさが減ってきた。

ネット上で文章を書く以上、誰の目に触れるかわからない。だから配慮は絶対に必要なのだけど、それが行きすぎると、浮かんだ言葉にどんどん蓋をしてしまう。

そしていつの間にかできたイメージに、良くも悪くも捉えられすぎていたこと。

わたしは自分が変化することを許せていなかった。

こういう風に見られているのかな?というイメージがあって、それに惹かれた人が読みにきてくれるのだから、それを崩してはいけないと無意識に思っていた。

人は誰だって日々変化し続ける生き物なのに、そんな無茶なことを自分に課していた。

朝に散歩することも、以前は短かった髪を伸ばしてボブにしたことも、趣味で始めたとある言語の勉強を他の言語にチェンジしたことも、家にいることがとっても好きになったことも、前のわたしとは全然違う。

すこやかに発信をできていれば、そんな自分の変化を受け入れて素直に文章に載せて書き続けていられるんだろうけど、わたしは書き始めた動機が「ただ好きだから」だけでは無かったのもあって…

今回「書くことそのものが辛い」という時期を長く経験して、こうして向き合うことが必要だったんだと思う。

今は「まず生活。その中から湧いてくるのが言葉。それを書きたい」。

以前は「まず名声(有名になるとか、大きな結果を出すとか)。それを得たら生活もいろんなことも良くなる」と思っていた。

今は生活そのものが楽しく、「暮らしが趣味」と感じているくらい。淡々とした日常そのもののために生きてる。

思い返せば、生まれて初めて抱いた夢が「お母さん」で、幼稚園に上がるまでは母の後ろにくっついて家事の真似をずっとしていた。

子供用の包丁で料理を手伝ったり、掃除機をかけたり…

あの頃感じていた穏やかで、しあわせな心地。それに1番近い心地だなあと思う。

小学校に上がった頃からだんだんと、「名声、有名、絶対に」と思うようになり(いろんなしんどい経験から、とにかくあらゆる人を見返してくて。はは…)、30代後半になるまでそれを持ち続けていたというわけ。

この先は生活そのものを楽しみ、その中で生まれる言葉を綴っていきたい。

重たいものを脱ぎ捨てて、軽く軽く進んでいけたらいい。

@caneleroom
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