うちのいぬの匂いは、体の部位ごとにちがう。同じ部位でも、嗅ぐたびにちょっとずつ匂いが変わる。
でも、朝の散歩前のおなかの匂いはいつも同じ。香ばしくて、ほんの少しだけ焦げたような匂い。砂糖の代わりに砂を混ぜて焼いたラスクのような匂い。この匂いが大好き。
この匂いをなんとかして20年後まで取っておけないものか。アロマオイルみたいに、小瓶に詰めて保存しておけないものか。
視覚の記憶は写真と動画でいつでも振り替えられるようになったのに、生活と生き物のかすかな匂いは取っておくことができない。
この世界は便利に見えて、本当にほしいものが足りない。あってもなくても良いものがいっぱいあって、本当に本当に欲しいものがない。