いろいろありますよね。
でも、昨日の俺と、今日の俺は別の人間。
昨日の俺は「シメのリゾットにチーズを大量にかける」と答えたらかもしれない。
今日の俺は
「モンブランの、おかわり」
そう答えることでしょう。
まさかここの読者にモンブランのおかわりをされたことがない方はいらっしゃらないとは思いますが……もう栗の季節も終わってしまうと言うのに……。
この店、完全会員予約制で、季節によって出てくるものが違うんですよ。栗を愛し、栗に並々ならぬ執着のありすぎるあまり自分で栗山を持ち「栗を摂りに行くので今日は休みます」と貼り紙を貼るような店の主が、栗に対する愛と、栗を愛さぬ者への苦々しい思いを滲ませながらサーブしてくれる品々に舌鼓を打つという趣向。
やはりこうね、選ばれた者だけにわかる味なんですという演出、必要ですよね。その発露が自然であればあるほど良いわけです。「他とは違う栗をお楽しみください」とかじゃなく「産地に行けば、猫も杓子もモンブラン、モンブランとモンブランを出しているわけです。なんでもね、モンブランと名前をつけておけばいい、そう思っておられる……」と忸怩たる思いを、メニュー説明が盛り上がる度に入れられるのでほのかな栗の甘さがさらに引き立つんですね。
画像のパフェは酸味の強いりんごとのマリアージュが最高。食レポでマリアージュとかシナジーとかいいはじめたら何もかも終わりだよね。
次は栗を発酵バターでなんやかやしたやつ。めちゃくちゃ美味い。感涙に噎ぶしかない。毎朝これをパンに塗って食べれば人生が豊かになるとおもう。どうしてそうならないのか、どうして人生はままならないのか、どうして食べるとなくなってしまうのか。一口ごとに舌の上で哲学者が生まれては消えていく、おじさんの味ってこと? この文章から本当にそう読み取れますか? その姿親に見せられますか? 流行の歌の歌詞でしか会話ができない哀れな獣か?
そしてメインディッシュのモンブランです。中にはメレンゲがいますけど、マジでこのフルヘッヘンドしている塔はすべて栗のクリームです。もはやこれだけで味わってほしいという思いはストイックですらある、いちいち思想が強くて胸焼けをおこしてしまうが客はこの店を選んだ以上、この愛に向き合っていくしかない。栗はこれを構成するために生まれたと言っても過言ではない。和栗のモンブランってどうしてもボソッとするじゃあないですか、それが良さではあるんですけどこれはねえ、しっとりとしているんですよ。ほどよいねばっこさの栗が舌にぽってりと広がりジワ~~~と栗の甘さが沁みる。
えっ、冒頭のモンブランとたたずまいが違うって?
冒頭のは「モンブランのおかわり」だっていったでしょ。冒頭のやつはその店主が「残すやつがいるから最初は控えめでお出しすることにしました。足りないひとはおかわりしてくれ」というスタンスでこうなっておるらしい。こんなもん盛れるだけ盛ってくれていっこうに構わないと思うのだが、世の人は欲がない。
だいたいこの店にわざわざ会員になって来る者は「あたしって栗とかァ~好きだから~年に何度かモンブランとか食べないと生きていけないしぃ~おせちの栗きんとんとか~ないと悲しくなるし~」みたいなレベルの好事家が集まっていると思うんだが、店主の栗への愛が強すぎて「あっすません、栗のことそんなに好きじゃないのにここに来て……」という気持ちにさせられてしまう、いいのか客商売。オタクの推しへの強い気持ちを浴びるオタクの友達の気持ちに似ていると思う。
あと、ここお茶もおいしいんですよ。最初に煎茶がでてきてそのあと和紅茶かほうじ茶か日本酒を選べるんですが、俺はほうじ茶原理主義者なのでほうじ茶しか飲んだことないですけど最高にマリアージュです。マリアージュという言葉を使う度に尻が切れる呪いにかかっている俺がいうのですからマリアージュです。ハンバーガーを食べる時にはコーラを飲むくらいマリアージュです。食レポヘタクソか?
みなさんもどうですか、モンブランのおかわり、してみませんか。