パフェ、それは全。

そして禅でもある。

これが今回の"気づき"です。今日はこれだけ覚えて帰っていただきます。何言ってんだ?(愛包)

大好評シリーズ、みなみちはやの"妹の金で食べるパフェはうまい!"のコーナーです。本日はですね。小田急沿線の豪徳寺でパフェを出すお店があると聞いてやってきたんですけどもねやっていきたいとおもいますよ、パフェを!

名門井伊家の菩提豪徳寺を中心に門前町と栄えたこの街。何を隠そうちはやもこの隣の駅の生まれです(微妙に遠いじゃん)。yo世田谷生まれ海外育ち、根暗な奴らはだいたい友達。友達なわけがあるか根暗だっつってんだろ、敵だ敵。敵という関係性を築くのすら生ぬるい。お前らなんか無関係無関心無病息災だ、俺の目の届かないところで穏やかに生きて無に帰せ。無とはいったい、ウゴウゴ烏合の衆。

srecette 35th Parfairt「phare」

これが今日の敵です。このボスにまみえるまでが長い。まず名前が大仰。ーーsresette"エスルセット(店名)の35番目のパフェ"灯台"ーー35番目ってどういうことだい。どうやらこの店"アトリエ"はインスピレーションが降りてきて新しいパフェが完成した時にパヒェを出すために店を開けるという佇まいのよう。なんかすごそう。5分で予約は終わるらしいです。予約の際にかなり細かい注意書きが提示される。お静かに、香水はやめてねなどいちいち最もな注意ではあるのだが、その中に写真を撮られる方は40秒以内。という急に踏み込んだ具体的な指示がでてくるので構えてしまう。さらには予約を促すsnsの文言には「パフェと真摯に向きあえるかたのご予約お待ちしています」とある。こういうのをラーメン屋がやれば「フフン意識がお高い」と鼻で笑えてしまう雰囲気はあるのだが、パフェ屋が発すると緊張感が走る。

まあ一度行ってみれば、これらの哲学・指示はおそらくなにがしかの揉め事が起きたがためにやむなく書かれているお気持ちに違いなかろうと予測できるのだが、それが積み重なった結果、一見の余人には踏み込み難い壁がうっすらと見えてしまうのである。そのうっすらとした踏み込み難い壁は昨今どこのウェブ予約の文言にも形を変えて存在する。それは目的の不心得者をフィルターするのが主目的であるが、上のように覚悟なき一見を振り落とすフィルターの役目をも果たす。それだけならよかろうが、このフィルターの効果が強過ぎると逆に「注意書きを読んで自分のことなのに自分のことではないと思い込む類のコミケのサークル前で友達ヅラして小一時間話し込む人」みたいなのを素通ししてしまうのである。ラーメン屋で良くあるやつ。そんなことあるかいと気になった人は、Googleの口コミで星が少ない方の評価コメントを見てみるとよい。

評価の高い口コミは数が集まってなおたしからしさを発揮する弱い力だが、評価の低い口コミはなにかしら雄弁だ、しかし、その詳細さがいつも万人の視点であるとは限らない。世の中にはさまざまな目で、たどってきた過去で、歪んだ自意識で世界を見ている人もいるというのが沁みる。店のこと、出てくる料理、受けられるサービスの良し悪し、それらのことがわかることは稀だ。

こうして、星の数の高い、予約の取りにくい、店主にこだわりのありそうな店への想像が膨らむ。指示された通りの順番と配置で店の前に並ぶと、後から来た人も勝手知った振る舞いでその後に行儀よく並ぶ。店といっても知らぬ人から見れば古びたマンションの1Fであり、そう知らぬ人が見ても、店の中を覗き込んでもここがパフェを出す店だとはわからないだろう佇まい。なんせ俺の順番の指定待機場所はマンションのゴミ箱の前である。所狭しと態勢を整えれば照明用の人感センサーがふくらはぎに刺さる。ここに並ばされる理由もGoogleの「近隣住民だけどオタクのお客様が通行の邪魔なんですけど!」という口コミから類推できる。Googleはなんでも知っているね。えらいね。

開店時間になるとその順番通りに店内に導かれる。言ってなかったが、ここでは「店」ではなく「アトリエ」と称される。聞いた時は鼻で笑ってしまったが、全ての情報が本気であることが窺い知れてくると、その単語から漂うのは威圧と重厚感である。俺は、畏怖していた。受付の際に「あっ……初めての方ですか」と確認されたのが印象的であった。その後も「今日は初めての方がいらっしゃいますので……」と店主から他の客に知らしめられる儀式もある。タンク初見です、装備更新してませんが先釣りOKです。「今日は静かですね」と今回のパフェの説明がはじまる。正直、緊張感を爆上げしてくる予約前説明文や予約後の並び方教示のメールなどをみるとそりゃお行儀よくしてないとならぬと構えてくるのは当然だと思うので「静かですね」はあなたが始めた物語だろ顔になってしまうし、まだパフェまだできてないのにキャッキャ騒ぐのも早い。そんな思いをよそに淡々と今回のパフェの説明が続くコーヒーをテーマにしたパフェだとのこと。その後お茶の銘柄を5種類(烏龍茶と紅茶)から選び、お茶が淹れられ、そこから"パフェがつくられ始める"。

もちろん下ごしらえはある程度されている。コーヒーのムースに焼き目が入れられ、保冷庫に戻る。グラスに満たされたジュレの上にお茶と柑橘のアイスが乗せられてっぺんを平らに慣らされる。えびせんのような、グラスの口の大きさにちょうどハマるようなメレンゲが焦がされて乗せられる。メレンゲとグラスの隙間を埋めるようにクリームがバースデーケーキのごとく波打ちながら縁を彩られ中に空いた"王の席"にちょうどよく冷やされていたコーヒームースが沈み、その上からフレッシュな柑橘がすりおろされ、オレンジピールが添えられる。大変な手間である。

客は全て行儀よく、俺はGoogleの低評価口コミに思いを馳せながらこのパフェができていく時間を楽しんでいた。40分。待ち遠しくはある。茶を楽しむ時間としては長くもないという向きもあろう。ちなみに茶はハチャメチャに美味い。マジの味がする。しかしこうして建てられた甘味の塔はほどなく我々のスプーンによって無惨な姿になるのだ。パフェとは、創造と破壊なのである。食事って全部そうじゃない? やめろやめろ。

そして完成したパフェが着丼する。このパフェがすごいものであることがすでにわかっている我々以外の常連の他のーーすべて一人で来ている妙齢の女性たちは優雅に、なぜか全員背筋をピンと伸ばして、真摯にゆったりとパフェに口をつけ始めた。40分も待たされているのだからさっさとその甘露を味わいたい、焦れた俺は着丼したてのグラスの撮影もそこそこにクリームにスプーンを突き立てる。だがサーブの時に店主は言った。「ムースがだんだんと柔らかくなってまいりますので、その変化もお楽しみください」。その通りだ、ムースが固く、このままではクリームを舐めることしかできない。アイスが支える下層に至る道もメレンゲせんべいが阻む。時間だ。時間を支配されている。周りの客も店主もそんな慌ててスプーンを突き立てる俺を見て笑っているであろう。忠告をきかず欲望のまま芸術を崩そうとした愚かな男を笑っているのだ。40秒以内に写真を撮れ。というのはなにもそこまでに食べ始めろという意味ではないのだ。己の未熟を恥じ、目で全体を楽しむ。クリームだけを咥えさせられた唇を茶で湿らす。クリームが既にうまい。メレンゲをノックするとじわじわと割れてくるものの強く押せば器ごと塔が崩れかねない。ゆっくりとメレンゲ煎餅を攻めていくと下層へ光がさす。世界が開闢したのである。

じわじわと柔らかくなるコーヒーのムース、酸味と渋みで甘味を引き立たせる2種のアイス、混ぜ合わされることで剛柔の食感を彩るくだけたメレンゲとジュレ、奥底に沈むクリームとアイスに疲れた舌を引き戻す金柑のコンポート。通してグラスの中に存在する想像したような強いカフェインではなく、ただ全体にじわりと存在し散逸しない手に取れぬ輪郭のようなコーヒーの香り。パフェを破壊するごとに、時間と共に溶けていくアイスとムースの食感の変化と共に常に新しいスプーンがあった。万物流転がそこにはあった。うますぎ謙信ウルティメイト毘沙門天モードの開眼であった。解脱!(アイキャッチ)

そうして俺が騒がしく器をカッチャカッチャ鳴らし、多層な味に舌鼓を打っていた。しかし他の席のどこからも音も、息を呑む音も聞こえない、たまにティーカップを置く音が響く。ちらと横を見ると俺ら以外の誰しもが姿勢良く、一定のペースでパフェを縦に掘り進み、味わっているという風でもなく批評するという風でもなく、ただひたすらにパフェを食べていた。パフェと一体化しようとするのではない、味わおうとするのではない、理解しようとするのではない。自分自身がパフェと一になることだった。パフェは全の象徴でもある。パフェを識る彼女らは阿頼耶識に到達し、禅の境地に至っていた。

気がつくとグラスは空になっていた。俺は何を食べたのか。パフェというよりは茶の湯に近い。道があるのではなく、パフェが宇宙なのだ。そう理解すると俄かにセフィロトの樹が空のパフェグラスに重なって見えてくるではないか。おお、ダアトはティファレトの影にあるのだ。「おお」って頭につけて適当なことを言うとそれっぽく聞こえるメソッドだ。

ということはパフェを平らげた後に出てくるこれは、ティファレトとダアトを繋ぎ、アインソフアウルより滴る一滴の王冠ーーケテルーーに他ならない。こちらはチーズ&ペッパーと黒豆きなこのマカロンとなります。このチーズ&ペッパーが正解。新しい世界、甘いが甘さに慣れすぎたこの脳と舌がうまみとペッパーの刺激に再度またリセットされる。そして喉が求めるなんらかの酒。これは俗世の象徴である。催眠音声における解除音声みたいなものですね。つまりこれは宇宙へと飛び立った精神を俗世に引き戻すための一手に相違ない。そう考えると最初のゆったりとした時間も精神を渡らせるための時間だった。ああ言うところでリラックスさせるためにかかってる音楽ってウザいじゃないですか。そう言うのないんですよ、コンクリート打ちっぱなしの壁、光の少ない店内、静かな客、開かれた無骨な厨房、たった一人の店主。パフェがうまいだけではない恐ろしい空間であった。

ではもう一度、パフェは一にして全、パフェは禅、パフェはユニバース。今日はこれを覚えて帰ってください。

マカロンはレモンもうまいです。