おひとり様が大好きである。人といるのも大好きである。洋食も和食も好きなように、どっちも大好きである。片方なんて選べない。
一人旅がとても好きだ。自分以外自分のことを全く知らないという世界に飛び込むのは、ずっとしたかったゲームを初めて起動した時の様なワクワク感がある。この人たちは自分のことなんて知らなくて、もしかしたら今隣をすれ違ったことにすら気づきもしない、かもしれないと思うと、これ以上ないほどに痛快な気分になって、油断すればスキップしそうになる気すらする。恐ろしい。
そこにあるのは紛れもない自由。名もない透明人間になれた様な気分。それは非日常で、とても心地よい。
とはいえ、長年このよさを上手いこと言葉にできず歯痒い思いをしていた。「好き勝手できる」「自分以外の人間に気を遣わなくていい」等確かに事実である言葉を並べ、しかし自分の中でしっくりきていないから相手にも伝わらない。そんなこんなで過ごすうち、しっくりくる表現を見つけることから半ば匙を投げていたのだが、先日、Solitudeという言葉が私の前に現れて、「あなたが言いたかったことはこれでしょう?」と知った様な顔をして引き金を引いた。
情けないことに否定のしようがなかった。私の中の言語化できなかったXX年来のモヤモヤは、Solitudeから放たれたたった一撃の前に跡形もなく吹き飛び消え去っていた。私の言いたかった全てのことを、このSolitudeという単語が全て言語化してくれていたのだ。感激のあまり、この「Solitude」という言葉に思わずハグを送りたくなった。
Solitude.
──それは積極的な孤独。(なんか映画にありそう)消極的な孤独はLonelinessというのだそう。Solitude、大好きです。生まれてきてくれてありがとう。
イヤホンガチ勢な私は、基本家の中でもイヤホンをしている。邦楽、K−POP、BGM、クラシック……多種多様な曲をずっと聴いていたい。お気に入りの曲を何時間も、なんなら1日中再生していたい。作業中はもちろん、食事中も家事をイヤイヤこなしている時も。
本をひたすらに読み漁りたい時もある。新しく買った本を呼んだっていいし、積読解消したっていい。大好きな本の大好きなところだけをかいつまんで読んだっていいのだ。活字は1人きりになりたい私にいつだって優しい。私の存在など無視したうえで、どんどん物語が展開されたり、好きなものについて語ってくれる。
おひとり様はこの上なく非日常だ。透明人間になれるのだから。楽しくて仕方ない。まるで物語の主人公になった様な、痛快な気分になれる。
一度、精神的に非常に疲れてしまった時があった。喉元過ぎれば熱さを忘れるように、その日が過ぎれば何したか曖昧になってしまう私は手帳を見て悟る。その月、1人の時間が全く取れていなかったのだ。自分は完全に1人になれる時間がないと死にそうになってしまうのだと、理解したのはその時だった。
やっと1人の時間が持てた時、私は心の底から脱力できてしまうくらいには1人の時間が好きだ。要は塩梅が大事なのだろう。1人の時間と、人といる時間の、バランス。
もちろん、ずっと1人でいたいというわけではない。誰かと話したくてたまらない時もあるし、人と遊ぶ事だって大好きだ。人との関わりでしか味わえない楽しさもきっとある。やっぱりどっちかなんて選べない。
実に人間らしいなと思う。まぁ、人間ですもの。
そんなわけで、今はやっと勝ち得たSolitudeを満喫中です。スマホの画面に映っている、海の見える美しい草原と映画音楽には、その美しい場所へ立つ自分を妄想させるだけの魅力と力がある。いいなぁ一人旅。またしたい。