消化器内科に去年から通い続けている。血液検査の結果は正常値に戻ったものの、まだいくつかリスクを抱えているので定期的に通う。春には胃カメラも受ける。ほかの病院や健康診断では見過ごされる小さな数値の揺らぎを、見過ごしてくれなかった。見過ごされていたら、原因不明の腹痛に悩まされていたのでよかった、と思う。どうやらここの院長先生や専門医たちは、私を長生きさせてくれそうで、健康になるしかないな、と会うたびに、思う。
「痩せなさい、他の誰かが代わりに痩せてくれないからね」
いつかの診察で会った医師が放った言葉が、ずっと頭の片隅に残っている。
「春に胃カメラ、40歳になったら大腸カメラね」
春はあけぼの、ではなく、春は胃カメラ、が私の季語になった。
人生だって、他の誰かが代わりに人生をやってくれるわけでないのだ。
どんなに普段、人間は環境や設計の影響を受けることを考え仕事をしたり、社会モデルで障害をとらえたとしても、いざ当事者として自分自身の病気や障害として向き合う瞬間に、うっ、と、なる。ズシンと、身体と心が一段階重くなり、重力が上がったような感覚になる。
信頼できる治療者や支援者は、私の意志を尊重するがゆえに、私が意志を提示しなければ何事も進まない瞬間は、ままある。価値観や規範を押し付けてくる偽善的な治療や支援よりは、人権を尊重した適切な支援であるけれど、それがときに、しんどい状態の時もある。しんどいならしんどいと、伝えることすらしんどい状態に、今後私が陥る可能性もあわせて、平穏な時に相談と支援プランを作成してもらう、必要がある。
そういうことも含めて、誰かがやってくれる訳じゃない、脳みそと心臓が動いてる限りは、ずっと続くんだと、腹をくくって前に踏み出す、毎日を、今年もやっていくんだなと、ぼんやり焚火の音を聞きながら考えている。
誰も代わりに痩せてくれないし、誰も代わりに人生をやってくれない。
他の誰かが人生をやってくれるわけじゃないからこそ、自分で見たいと思った景色を見るために、頭や体を動かし、ときには人の力を借り、自分の恐怖や限界をえいやっと乗り越える、ことを、繰り返していくしかなくて、それはだって私が私にしか望んだ景色をみせられないこと、よくわかっているから。
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と、1/5に書いた日記が非公開のままになっていて読み返して、公開することにした。
繁忙期に入って顕著に運動負荷が下がってきている私への戒めとして。観たい景色を、自分の手足でたどり着くことを諦めてしまう前に、思い出すために。