いつの間にか親しげに隣に座っていた男…。謝憐は瞬きをして自分に話しかけているのだと気づく。我に返る謝憐。この男の力強い存在に揺さぶられるわけにはいかないのである。
努めて落ち着こうとしながら、丁寧に返す太子殿下。「残念ながら、私は酒を断っています。あなたからの杯は受けられない」
紅衣の男は大きく笑ってさらにくつろいだ様子。「そうなのかい?しかし道長、表情が優れないようだ。お酒が助けになるだろう」「卿は間違っておられる」
純潔を保つという最も重要な戒律を破ったとて新たに破るいわれはない。謝憐はよそよそしい態度を取ったが、一向に去る様子のない男。
「あなたがもてなしてくれないなら、私がもてなそうか」
この男は変だった。周りに空席がないわけでもないのに、なぜ自分の席で飲む必要があったのか。しかし断る必要もないので、謝憐は「どうぞ」と返す。
男が手を振ると、このような賓客を迎えたことのない店の給仕は息をするのもやっとの状態で酒瓶と杯を持ってきてテーブルを拭くのであった。くつろいで酒を飲む様子を眺めつつ、謝憐は尋ねる。「卿は誰とでも初めて会った相手に酒を振る舞うのですか?」
「ん?ああ、違うよ」とにっこりして言う男。「実のところ、道長、たいていの人は、私の顔を見ることすらないよ」彼の声音は傲慢さを含んでいましたが、不思議と謝憐は不快な気持ちにはならない。手で頬を支えながら男は続けます。「あなたの名をうかがっても?道長。なんて呼べばいいかな」
謝憐は深く考えずに答えます。「私の氏は花です」それを聞いて眉を上げる男。「へえ。花道長」
ウワー!やめてくれー!このやりとりでどうにかなりそう!!
「私はあなたをなんとおよびすれば?」「あなたは単に私のことを三郎と呼べばいい」
どうも彼の正体を探るのは難しそうだと判断する謝憐。そして不意に、彼の漆黒の髪に飾られた紅珊瑚の珠に気づきます。これをどこかで見たことがあるような気がしてならない。寝室で散らかしたことのある宝石や貴石のうちの一つだっただろうか…どうも判別としない。
「これが好き?」男の細くて長い美しい指は珊瑚の珠をつまんでぎゅっと絞りながら尋ねる。なんだか自分の体のどこかがそうされているように、胸が締め付けられる謝憐。
いちいち含みがある表現では???(嬉しい)
後ろに大きく身じろぎして、近くにいた客が注目します。男もそれに驚いて「何かあった?」と尋ねる。助けようと手を伸ばすも、それを手に取ることはなく、すぐに座り直す謝憐。
「なんでもない。その珠……」「ああ。この珠?」
口元に笑みを浮かべる三郎。「これは愛する連れ合いからの贈り物だよ。どう思うかな」「あー……とてもいいね」
なんと言えばいいかわからず、まるで針のむしろの上に座ってるような心地になる。この見知らぬ人は珠をもてあそび、その手の動きはゆっくりとやさしく、まるで珠ではなく繊細な体のどこかに触れているよう…
描写がいちいちエッチ過ぎでは???
謝憐は体が熱くなって息も荒くなる。
待って待って待って、私の…いや、私のではないが…私がこれまで丹念に追ってきた太子殿下、いったいどうしちゃったの!?そ、そんなに、花城に…。途端に花城に対して言いようのない嫉妬を覚える私なのであった。
この三郎という男はどうも謝憐をおかしくする。
「卿はどのような目的で私に近づかれたのですか?」と尋ねる謝憐。三郎は微笑み「何故、そんなに警戒を?特にそうする理由はないよ。あなたの印象的な優しさに魅了され、つい足を運んでしまった。それだけだ」ゆっくりと説明する。「あなたを怒らせてしまったのなら許してほしい」
さて、歌姫は演目を終えると、謝憐に甘い微笑みを見せ、優雅にその場を立ち去る。彼女がいなくなって、ここにとどまる理由もなくなった謝憐。
「さようなら。楽しんでくださいね」と言ってさっさと階下へ降りる。大通りをふらふら歩いて、誰もついてきていないことを確認して安心する。しかし、休もうと足を止めたとき、かたまってしまう。
彼の着ていた服はどこかへ消えた。自分の所有物もどこかにいった。剣もない。従者も消えた。そして法力もなくなってしまった。十七年の人生の中でこんな目にあったことは一度もない。だから、まったく何をしてよいやらわからない。
とりあえず、通行人にここがどこか尋ねてみるが、聞いたことのない地名なのだった。仙楽の王都の場所を聞くが、知らないという。「王都?私らは都の南におりますよ。それにここからとっても離れてますよ」
道理で建物のつくりが見慣れないものだと合点がいく謝憐。犯人はなぜ自分をこんなところまで連れてきたのだろうかという疑問も抱く。
歩きながら、彼は新たな困難にぶちあたります。つまり、空腹です。しかし、彼は無一文。彼が太子である証はなにもありません。土地神に金箔を渡そうとしていたけど結局持ってなかったし、茶屋に入ったときも小銭をくすねるしかねえと思っていたが茶器が汚かったおかげでそのような行為をしなくて済んだのだった。ともあれ、喉は渇いているし腹も減っている。
どうしよう〜と思っていると、道に落ちたレンガのそばに何かキラキラしたものが。近づいてしゃがみ込み、ひっくり返してみると、そこには金箔が!それに、金箔だけではなく銀箔もあるし、小銭も落ちている。
謝憐は落ちていたそれらを拾い集めると、落とし主は気づいていないだろうと、往来で「どなたか、お金を落としませんでしたか?」と声を張り上げる。善人!!!
多くの人は首を横に振りましたが中には「私だ!」と言う者もいて、いくら落としたか尋ねてみると、はっきり答えられないのでした。謝憐は辛抱強く待っていましたが、二時間近くそこにいても落とし主はやってこない。そうして、謝憐はため息をつきます。
「これをちょっと借りて、その十倍返したらいいんじゃないのかな」と考える。もう一柱香待って、彼は通りの屋台で蒸し饅頭を買う。彼は今までこんな雑な生地の馬鹿でかい蒸し饅頭を食べたことがなかった。使いすぎるのが怖くてちょっとだけお金を使う。育ちがいいですね!
路地に入って、さて一口食べようとしたところで、手がのびてきて蒸し饅頭が取られてしまう。なんと、茶屋の男が奪ったではないか!謝憐は声もなくかたまっていましたが、「返せ!」と飛びかかります。
「これを食べないで」と男。そして自分は一口食べる。
食べたくても食べられない謝憐。「お前!どうしてこんなことを?」怒って不満を垂れる。なんだか希有で裕福な人物と見せかけて、彼は気まぐれな不埒者だったのだ!
二人は視線を交わし、まさか蒸し饅頭を巡って争いが起こっているなど傍目からはわからない。謝憐はぼんやりと三郎より早いと感じていたが、どうも体が本調子ではない。一日中動いて疲れていたし、混乱して心配して、散々です。取り乱して、彼は足をもつれさせて転んでしまいます。
言いようのない痛みが、言いようのない場所から広がっていた。…て表現されているんですが???私の誤訳だと信じたい…。
この痛みを無視しようとしていたけれど、痛みに我慢できなくて顔色が変わり、三郎も表情を変えてかがんで彼の腕を取る。「哥……大丈夫かい?」「私を適当な呼び名で呼ぶな!それに、こんな風に掴まないでくれ!」
三郎は彼の手を離します。
本編では終始、言い争いなどなかったから、なんだか新鮮。
が、彼を解放したのは見せかけだけですぐに謝憐の肩を掴む三郎。
「大丈夫?どこか痛いところは?」真実、彼を深く案じているような響きがある。笑顔をぶってはならない、と言われるように、謝憐はその親切に感謝しなければならなかった。が、どこが痛いかと問われても答えられるわけもなく、恥ずかしくてうろたえる。そして、今までの我慢がたまりにたまって、謝憐は三郎の手を振り払うと、あわてて立ち上がった。
「どこも痛くない。まったく痛くない!」翻って逃げようとしたけど手首を掴まれて逃げられない。振り向いて怒りの目を向ける謝憐。三郎はため息をついて「俺のせいだ、道長。すべての責任は俺一人にある。だからどうか、俺の謝罪を受け入れて、これ以上俺に怒らないでほしい。どうだろう、これからあなたのために一杯もてなすというのは」
……わけわからん人間がつきまとって、しかも食べようと思ってた蒸し饅頭を横取りされて食べられて、しかも聞かれたくないこと聞かれて、どうしてもてなしを受けてくれると思うんだ……!?つうか、一番は蒸し饅頭を奪われたことが腹立たしいんだが!食べさせてあげてよ!
「もうあなたのもてなしは受けない。飲まない。離してくれ、今すぐ!」
ですよねー。
「わかったわかった、お茶はなしにしよう。じゃあ、食事はどうかな?お腹が空いているだろう?」
いや、だから、横からひとの蒸し饅頭奪っておいて!?とハラハラしていると、謝憐はいっそう頭にくる。彼の声音といったら、まるで子どもをあやすようで、こんな屈辱を受けたことはこれまで一度もないのです。
「食事もけっこう。腹は減っていない。口の利き方には気をつけて、どうか敬意を払ってほしい」
ところが、彼がこう言った瞬間、腹の虫が鳴ります。謝憐はかたまって、より怒って、あまりに怒ったものだから顔が真っ赤になる。うーん、この取り乱す殿下もかわいいですが、あまりに状況がかわいそうなので、早くなんか食べさせたってくれ。
「あなたは…あなたは、どうして私をしつこく悩ませるんだ?やめてくれ!」
わめくと、しっかりと彼を見つめる三郎。「道長、気づいていないの?」「気づく?何に?」「あなたの中に妖魔がいる」
謝憐はぎょっとする。いきなり、彼の手首から白い絹の帯が彼の手から離れていき蛇のようにその体をくねらせる。そして、謝憐の目線まで自分の体を持ち上げて、突いてきた!それがぶつかる前に、三郎が布をつかんで、「ね?」と言う。
若邪と三郎、結託してんの!?
この怪物はずっと謝憐に巻き付いていたのである。ということに気づいて、謝憐は目をぱちくりさせる。
「つまり、あなたが私に近づいてきたのは、この妖魔が私に隠れていることを見抜いていたから?」
三郎の表情はより深刻になって「そう。この魔物はとっても奇妙であなたを見守っていたのはそのせいなんだ。あなたを傷つけなくてよかった」
彼が親切心から近づいてきたとわかって、自分の行いを恥じる謝憐。この親切な紳士になんと無礼な真似をしてしまったのでしょう。丁重にお辞儀をする。「感謝します。私は間違っていました」
いや…わりと全部、花城のせいだから謝らなくていいよ…!?しかも殿下がわかってないのをいいことにたくさんからかいましたよね…?いまもからかってるよね!?くそっ、私が本の中に入れたら殿下に言うのに!!
腰を曲げてかがむまえに止める三郎。「どうか。なんでもないことだよ」
真剣な様子だったのに目は微笑みに満ちていて、ちょっと困惑する謝憐。それに、謝憐は同年代に比べて落ち着いていて威厳があるのに、この男の姿を見ただけで落ち着きを失い興奮してしまう。
「さて、解決したところで、俺は自分の道を行こう。道長、また今度会いましょう」「うん、また今度」深く考えずに答える謝憐。三郎は手を振って翻ると去った。そして謝憐も数歩、ついていく。それは彼がどこに行けばいいかわからなかったからでもあるし、何も考えていなかったからかもしれない。三郎が振り向いたとき、謝憐はあわてて明後日の方向を見たが、すでに遅かった。
三郎の明るい笑い声を聞いて恥ずかしくなる謝憐。彼の方を見てみると、腕を組んで立っている。
「次回はないね。今がそのときだと思う。どう?一緒にお茶でも」と笑いながら、三郎は言うのだった……
立派な料理店に戻って(たぶん最初に花城が座ってた店?)、食卓いっぱいに料理が運ばれてきて、そのお味は宮廷料理にも劣らない。謝憐は食べたことのない味に舌鼓を打ちます。彼が食べている間中、頬杖を突いて彼を見つめる三郎。
彼の強い好意はまた謝憐を針のむしろの上に座ったかのように落ち着かなくさせる。空腹のあまりマナーを忘れてがっついていたのに気づいて、箸を置いて居住まいを正す殿下。「すみません」「ん?謝る必要がある?気にしないで、続けて」
そして、謝憐から奪った蒸し饅頭を取り出すとおもむろに食べ始める。
背筋を伸ばして、白い絹の布を一瞥して、真面目な話をしようとする謝憐。
「この妖魔はどうして私から肌身離れず隠れていたんだろう。存在に全然気づかなかった。まるで…」まるで、これがずっといるのが当たり前みたいに身につけていたなあと思う。
その白い絹の帯は頭をもたげて揺れている。三郎は再び謝憐に突撃しないよう、帯を箸でテーブルに縫い止めて、「この妖魔は悪い癖があるみたいだ。躾けないとね」「躾けるより、これがどこから来たのか突き止めるのが先だ」
このことについて、そしてそのほかのことについてもおしゃべりする二人。謝憐は仙楽宮で育ち皇極観で修行しました。彼はこんなに興味深くて知識にあふれた人と会ったことがない。三郎が話すのを聞いて、謝憐の目は輝き、笑みが広がる。
殿下って基本的に好奇心が強くて知識欲も強いから、国師以外でこんなに物知りの人に会ったことなくて、すっごく楽しかったんだろうな…て伝わってくる。
会話が楽しくて、自分の置かれたシチュエーションを忘れそうになる殿下でしたが、とんでもない犯罪に巻き込まれていることを思い出して、真面目になって三郎に尋ねる。
「三郎、あなたにある人物について尋ねてもいいかな?」
白い絹の帯を地面に放り投げて「誰?」と三郎。
「うん、私は花城という名の人物を探しているんだ」
その名前を聞いて眉を曲げる三郎。「ふむ。彼を見つけることで、何を達成したいのか聞いてもいいかな」
「正直、わからないんだ」三郎の声の調子から、彼が花城を知っていることを確信して、「あなたは私が嘘をついていると思っているでしょうね。彼を見つけて何を達成したいか知らないんです。今日起きたとき、私はとても奇妙な状態になっていたんです」
一息に目覚めてからのことを話す謝憐。もちろん、言えないことは告げないままで…。
「きっとこの男は何が起こったかの鍵のはずなのです」と締めくくる謝憐。「三郎、彼が誰か知っているのなら、そして気にしないなら、彼のことを話してくれませんか」
「俺が気にするかどうかは問題じゃないよ。道長、もちろん俺はあなたを助けよう。もうずっと前からお互いを知っているような気分だよ。花城については…」「はい」「彼は狂人だ」「どんな風に?」「彼は信者なんだ」「誰の?」「仙楽太子の」
そこで咳き込み、慌ててお茶を飲む謝憐。「ちょっと待って、待って。私…じゃなくて、仙楽太子はまだ神にはなってないだろう?どうやって信者になれる?」「彼は神になるよ。遅かれ早かれね。神になっていなかったとしても、真実だ。あなたが自分は神だと言えば、あなたは神だ。あなたがそうでないと言えば、そうでない。彼は太子を神だと考えているから、そのようにしているだけだ」
「めちゃくちゃだよ」と謝憐。「本当に彼は殿下が神になるって信じてるの?」「彼は信じてはいない。知ってるんだ」にっこり笑う三郎。
謝憐はにっこり笑い返して心の中で思う。それでは、私は彼を失望させてはならない……。そんな気負わなくていいよ!と思う私。
「どこで花城に会えるかな?」「本当に彼に会いたいの、道長」「うん」
しかし、三郎は同意しかねる様子。「彼はとても悪い人物だ」
おうおう、「尊敬する人は誰?」って謝憐に尋ねられて「紅い服の人」って答えただけの面の皮の厚さはあるな!
「とても悪い?どのように?」
自分を神だと信じてくれる人が悪人だと信じたくなくて訪ねる謝憐。
「そうだな…」と話し始める三郎。
ここで、ようやく気持ちが落ち着いてきてくだけてきた謝憐は三郎の姿をまじまじと観察する。肘掛けに腕を置いて指でこつこつ叩く。それは長いほっそりとした指で、中指に細い赤い糸が結ばれている。
それを見てすぐに混沌としたイメージを思い出す。二つの手が固く結ばれ、重なった上の手に同じものがあったことを…。
ここで次章に続く!なのですが、番外編、直接的に語られずしかも初心な殿下の目線で口に出すのも憚られる内容がイメージとして出されるので、「ヒェー」てなる。
人渣反派自救系统の番外編は直接的な表現しかないので、どっちがよりエッチやねん言われたら比べるものでもないんですが、より、背徳感が増す…。語らないエロさというやつ…。
あと、もう、いたたまれない!いたいけな殿下をいじめないで!!お腹が空いてるときにいらんちょっかいかけないで!!!
普段は年下×年上ですけど、この番外編は状況が年上×年下みたいになってるから、あっ、私、ほんと年上が年下からかうの無理なんだ…て思った。
普段の二人があるからこそのおかしさもある。でもやっぱり、いつもの二人に戻って〜て思うのだった。殿下に甘える花城が好きだから。まあ、好みの問題ですね。
果たして、十七歳の太子殿下は花城に会えるのだろうか…?(会えます)