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独り身でいるのが、辛くなってきたかもしれない。

別に寂しいとかそんなんじゃない、いや本当に。僕にとってはどうでもいいような、そんな女の子たちが自分のアピールポイントをこちらが反応を返すまで言い続けてきたりして、好意を持たれるということ自体に嫌気が差してきたくらい。

でも僕は知ってる。好意そのものは尊いものなんだってことを。それに混ざる、僕に対する性欲だったり玉の輿に乗りたいってやつだったり、そういうのがちょっと割合として多いだけ。僕はちゃんと幸せ者なんだよ、平気平気。…とはいえ、逃れられる場所は欲しい。

恋愛はしなくていいから、本当にそう、例えば子供だけ貰ってきて妻帯者であることにするとか。…でも生身の子供は簡単に傷付くのが恐ろしいかな。僕の子となると荷はそれなりに重たいだろうし。

『生きたお人形さんとか、実際にいないものかなぁ…』

その言葉を発した瞬間、薔薇園の茂みから何かの飛び出す音。…ミルクティと白色の可愛らしい猫だった。口に黄土色の封筒を咥えていた、それをぽとりと落として去っていく。

深緑のシーリングスタンプで丁寧に留められた封筒の中に入っていたのは―

『あなたの望み、叶えます。―生きたビスクドール専門店 オンリー・ユー・メイデン』

…僕が人形を欲しがることを見越していたのだろうか。僕の家の庭に入ってくるくらいだからそれくらいはできるだろうけど、普通の悪魔なら思考を即座に読まれたことに縮み上がっているところだと思う。

『怪しいことには怪しいけど…、危ない目になんて遭い慣れてるし。』

決めた。行くことにしよう。望みのものがなければそこを更地にするくらいはしちゃおうね、うん、よしよし。

さて、このお店の営業時間は……深夜じゃないか。今夜にでも行けそうだ。

『カード払い効かなそうだから現金も持っちゃおうね、何桁あれば足りるかわかんないからバッグに全部入れちゃお』

迂闊ですよ、と鳴く猫の声がした気がしたけど、まあいい。

大きなバッグを持って夜闇に繰り出した。

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わたしは、可愛らしく生まれられなかったらしい。他の子はどんどん買い手がついて貰われていく。私だけ、残る。売れ残りとしてすぐ店先に出されていたけど、それも『やめて』と店主に話して。一番奥の誰の目にも触れないような場所に、わたしはいる。

今日も一人、誰か来た。若い男の人らしい。棚のそこかしこから黄色い悲鳴が上がってるからきっときれいなお顔立ちをしているんだろうな、わたしには関係ないけど。

『わあ、かわいいねえ！でもごめんね、君昨日言い寄ってきた子に顔が似てるんだ』

このひと、きゃあきゃあ言われるのは好きじゃないのかな。わたしたちって如何にしてお客さんに気に入られて買われるかが重要みたいなところがあるから、気に入られるように反応を良くしなきゃだめなんだけど。

少しずつ足音が近づいてくる。作り物の心臓が、普段よりどきどきしてる気がする。

ん、と何かに気づいたような声。

『店主さん、ここにもう一体いそうなスペースがあるけどもう買われちゃった？』

『…いいえ、恐らく今は隠れていますね。エリカという名前のドールがいるはずです』

『良かったぁ、僕の望みのものがこの店になかったなんて事があったら、ここを更地にしなきゃいけなかったから！あはは。』

お客さんがさらりと恐ろしいことを言ったけど、人形たちが一斉に静かになっただけで店主は気にした様子がない。

『大丈夫です、貴方様は―』

きっとその乙女を気に入るはずですよ。

その声がした瞬間、わたしのそばにあったベールが取り払われてお客さんであろう男性と目が合った。真っ黒な髪に薄青の美しい瞳をした、そんな人だった。

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まず、驚いた。ここのドールはみんな顔が違っているけど、ここまで誰とも違った、僕に言い寄ってきた子と全く違う顔をしている子は見たことがなかったから。

その次に、心に矢が刺さるような鋭い衝撃を受けた。厚い睫毛に縁取られたその瞳は、光を一切映さない今の夜闇のようで、その髪は開けた草原のような色をしていた。黒目は小さめで、色のない唇はつんと尖っていた。横から見ると、本当に美しい形をしていた。

不覚にもここまで『かわいい』と思ってしまったことに、心の中で白旗を上げながら彼女―エリカに話し掛ける。まだ、まだ戻れると思ったから。

『君はどうして僕から隠れていたの、…こんなに可愛いのに』

一呼吸おいて、目を見開いたエリカが顔を逸らしながら答える。

『かわ…いいえ、お目汚しになるかと思って。気を悪くしたのならごめんなさい』

ここまで謙虚で奥ゆかしい子がいただろうか。…いや違う、この子は。

人に褒められたことが少ないのだ、おそらく。戸惑ったような顔で落ち着かなそうにきょろきょろしている彼女を見て、途方もない庇護欲が湧き上がるのを感じていた。

『店主さん』

『はい』

『悪かったよ、僕の負けだ。これ全部置いてくからこの子を僕に買わせて欲しい』

ぎょっとした顔でこちらを見てくるエリカ。その顔に微笑みかけて、彼女を抱き上げる。

『全部は要りませんよ、残りは彼女との生活で必要になるものにお役立てください』

『そう？でもこの纏まった分のお釣りはなしでいいよ、僕はそれぐらいしてもいい価値がこの子にあると思うから』

真っ白な顔になって目を瞬かせるエリカ。嗚呼、かわいい。はやく僕の家に連れて行って、それから―

たっぷり、自分を必要とする人ができたことを自覚してもらわなくちゃ。

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連れて、帰られてしまった。会話がないのもなんだか良くない気がして、意を決して話しかける。

『…あの、ご主人さま』

『んー？ディアボロでいいし呼び捨てでいい、ディアでも喜ぶよ』

『…ディアボロ、わたしを選んだのは本当になんでなんですか』

『そりゃあ、一目惚れってやつだよ〜！言わせたかったの？ふふ。』

一瞬頭がフリーズする。だって、だって。

『ひとめ、ぼれ…わたし、こわいって言われてきてたのに、そんなこと』

『あのドールたちに言われてたんじゃないよね？あの子達、買われた君を喜んで送り出してたもの。じゃあ客を一人一人連れて来るしか』

『何を企まれてるか分からないけど、やめてくださいね、絶対に』

『あはは！冗談冗談、今冗談になったよ』

やっぱり、このひとはストッパー役がいないと危ない人らしい。絶対、わたしができることをしてこの人を穏やかなままにすると、今決めた。

『でも、良かったじゃない。僕に貰われて。君の昔がどうだったかまでは知らないけど、僕といるんだからあとは良くなるだけだよ』

『は』

ぱち、と目を瞬かせる。このひとは、このひとは―

『僕も昔がダメダメだったけど今君がいてすごくいい感じだから、だからね。』

大丈夫だよ、と言われてやさしく抱きしめられる。

改めて、とんでもない人に捕まったかもしれないと思って、でもどこか幸せで。そのまま、目を閉じた。