日常から隔離されることで、個人のルーティン/サイクルに変化が加わる。
なんとなく続けていたものが脳内アプリケーションとしてゴミ箱に入ったり、違うサイクルで動き出す。
そういうのを、新陳代謝というのだなとおもう。
他者との関わりで、いまの自分の輪郭を捉える
誰かにとって望ましい子のロールをやめた。
わたしはプロセスワークチームコーチングの学びをすでに知っていて、それを思い出すだけ。細胞が知っているということにしているのだ、ということ。
顔を見ても、身体も反応しなくなった。こんな感じだったっけ?とも思い、なにかをゴミ箱に入れた。
なんかいろいろと、頭で理解しなくていいし、というか、ちゃんと分かってるからいいよな、というきもちだ。