春にして君を離れ

Chicca
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今まで多くのコンテンツに触れ、多くの推しを作り、そして多くのコンテンツから手を離してきました。満足しきって「成仏」したものもあれば、様々な理由で嫌気が差してしまったものも、自然と心が離れてしまったものもあります。

ここでは数多の推しの中でも忘れられない一人/一柱/一振である、一期一振という刀剣男士の話をします。あくまでも「私の本丸に居た一期一振」の話であるという旨、事前にご承知置きください。また、所謂夢女子ではないのですが、いちキャラクターに対する感情の吐露になるので、苦手な方はご容赦をば。

ブラウザ版のリリース後、大和国の審神者として刀剣乱舞を始めてから大体一週間くらいで彼は顕現しました。当時のレア太刀である「アイスロイヤルミルクティー*1」の中では二番目、江雪左文字の次に来てくれたことを覚えています。統率が高かったため、色々と枯渇していた弊本丸ではすぐに戦力になりました。松風を駆り、戦闘では大いに貢献してくれましたが、刀装作りは苦手なようでした。

「粟田口吉光の唯一の太刀であり、最高傑作」「天下人・豊臣秀吉の愛刀」という輝かしい肩書きを背負い「藤四郎たちの長兄」として振る舞う刀。その姿があまりにも凛々しく、美しく、そしてひどく危ういと思いました。

主だった豊臣秀吉は私を自分に合わせて磨上げて、今の姿になりましたが……その頃の思い出は、大坂城と一緒に焼け落ちました

大坂夏の陣で焼け、徳川家康のもとで打ち直された彼は、記憶の全てを忘却の彼方へ追いやっていました。

日本刀に詳しくなかったため当時初めて知りましたが、焼身の刀を打ち直すことを「再刃」というらしく、再刃された刀はその価値を著しく損なってしまうそうな。今の彼にあるのは、輝かしい名前と歴史、素晴らしい肩書き、人間ごっこにおける「長兄」という役割、そして身を蝕む炎の熱のみのようでした。

「ああ、炎が……何もかもが……!」

傷を負った際に本丸で聞いた声。この台詞がひっそりと削除されて以降、彼は炎について言及しなくなりました。過去をやり直してはいけないと弟を咎めつつ、自らの心のうちは決して晒しませんでした。一度聞けなくなったからこそ、それが彼の中核だったのではないかと想いを馳せずにはいられませんでした。

「昔のことを思い出しそうになる」と言う台詞*2に心をざわつかせ、又聞きの刀剣破壊ボイスに心を痛めました。大阪城の地下に潜れるようになった際にも、終ぞ部隊に彼を組み込むことはできませんでした。

本当に全てを覚えていないのか。炎が怖くなることはないか。いくら自分に残されているものだとしても、長兄であることに些か固執しすぎやしないか。魔改造された大阪城の底に弟がいるの、正直複雑じゃない?どんな気持ちでその紋*3を背負っているの?切れない刀として蘇るより、栄華と共に焼け落ちた方が幸せだったのでは?過去をやり直したいと思うことは?

桜のように美しい微笑みを見るたびに、彼の慟哭を思い出します。本当はきっともう、あの日あの時本丸で聞いた声色ですら覚えていないのに。

極というシステム*4が実装されてから、様々な刀で「成長」していく刀剣男士の噂を聞きつつ、いつか答えを知る日が来るのだなあと思っていました。そうして六年が経過しました。肝心の刀剣乱舞というジャンルとは、運営の方針にいまいち共感できず、気付けば心が遠ざかっていました。

二〇二一年一月。一期一振の極が実装されたと教えてくれたのは友人でした。気付けばそう言ったことですら、人伝てで聞くしかない距離に居ました。六年越しに突き付けられた答えは、衝撃でもって私を貫きました。

豊臣に居た頃の記憶はあるのだと。けれども過去の自分のことは、どうしても自分のことだとは思えないと。本当は自分がちゃんと笑えているかどうかすら、分からなかったのだと。それが彼の答えなのだと。

正直、なんで今更と思いました。六年間隠し事をされていたかのような気持ちになりました。そして「それ」を開示されたのは、とうに審神者を廃業した自分ではないということに悲しみを覚えました。けれど同時に、私が今まで彼に見ていたものは、虚像としての「一期一振」そのものだったなあ、とも思いました。豊臣の刀としての「一期一振」を彼に投影していた六年前。あの日々は彼にとって、苦痛以外の何物でもなかったのではないでしょうか。

彼に必要なのは、輝かしい名前と歴史、素晴らしい肩書き、人間ごっこにおける長兄という役割を抜きにして「自分の刀」として彼をまなざすことのできる主なのでしょう。そう思うと、憑き物が落ちたような心地がしました。そして極になった一期一振を、一期一振が望むような形で私は愛することはできないだろうなと悟りました。

春にして君を離れ。

笑えているかどうか分からないと言っていた貴方の笑顔を、貴方自身は好きではなかったのかもしれないけれど、それでも私は好きだった。

時は絶えず流れてしまうけれど、それでも貴方は美しい。貴方が覚えていなくても、きっといつまでも。

*1:江雪左文字、一期一振、鶴丸国永、鶯丸の四振のこと。多分死語。ちなみに弊本丸にはアイスロイヤル以下略の順番に来ていたことに今更気付きました。

*2:リリース二周年記念ボイスとのこと。

*3:刀剣男士には固有の紋(マーク)があり、一期一振の紋は太閤桐(豊臣秀吉の紋)と三つ葉葵(徳川の紋)のミックス。王子様のような片マントにでっかくのさばっている。

*4:ステータスの強化に加えて、刀剣男士が極に至るエピソードが提供される。また、極の刀剣男士はボイスが一新されるため、実質不可逆的な成長という認識。

2024/2/18