違う話題が見つかったと思うか?
実は見つかった。体調を崩したから。
彼女がインフルエンザにかかったと聞いたとき、私は無敵の気持ちだった。強いからだ。絶対うつらない自信があった。若干咳は出るけど推しのインスタを見ていれば治るだろう。
夜になって身体がだるくなってきたが、私の強さへの信頼は揺るぎないものだったので、推しの載っている雑誌を眺めてごきげんであった。全モデルさんの中であきらかに一番輝いている。
深夜になると身体はかなり重く、熱を帯びている感覚があったが、たぶん推しを見過ぎたためだろう。彼女とは別の部屋にベッドを用意して寝た。感染対策もバッチリである。
それで今朝起きたんですけど、もう、確実に熱がある。
すごく水を飲みたいんだが、水を飲むぞいと思っても頭が割れそうで身体は泥のよう、なかなか起き上がれない。うーん。
…………
ここに来てようやく私は現実を直視することにし、つまり、体温計の出番であった。体温って測らない限りは平熱ですからね。体温は38.0度。おお立派な数字……。
9時ぴったりに病院に電話したが、予約は17時の枠になった。発症からまだあまり時間が経ってないから、検査をしても陰性になる可能性が高い。なるべく時間を稼いで菌を増殖させたいんです! と力強く言われて笑ってしまった。シャーレの扱い。私の肉体は培地。そうか、17時まで耐えないといけないのか……。
頭が割れそうに痛い。
いつもの私なら休みの連絡を入れて17時まで転がっていたことと思う。でも今日、私は仕事で絶対にやらないといけないことがあった。人手がいる仕事があるのだ。インフルエンザと聞けばみんな許してくれるだろうけれども……。
頭が割れそうに痛い。
ところでさる9月26日・27日にOCHA NORMAが東京公演を見事に成功させたことは周知の事実だが、その直前に撮られた写真で、推しが足に怪我をしていた。
私はこれを見てからというもの心配で心配で心配で心配で今なんでもひとつ願いを叶えてやると言われたら「推しの怪我や疲れなどの不調を全部私の身体に肩代わりさせてくれ」と願ったと思う。世界で一番大切にされるべき推しが怪我をするなんてあってはならないことだ……。
しかしライブは圧倒的クオリティをもって完成され、しかもさらにそのあと、推しがブログで当日風邪を引いていたことを明かしたのだ。
プロフェッショナルの仕事だ。もちろん体調が悪いときは休める雰囲気であってほしいと思うが、アイドルの仕事だと、どうしても難しいことはあるだろう。
推しは全部やりきった。素晴らしい仕事であったのだ。
…………
私はやることにした。フン! と力を入れて立ち上がり、軽く食事をとり、鎮痛薬を飲んで仕事をはじめた。絶対いける。推しは怪我と病気のなか4公演をやりきったんだぞ!
推しパワーで働こうとしているようす。私が世界を救ったら、私は推しの素晴らしさで動いているわけだから、間接的に推しが世界を救ったことになる
鎮痛薬はわりによく効いたものの、まあまあこたえる時間ではあった。あと仕事もすごくたくさんあった。もはやインスタを見る余裕もない、かというと、それは普通に見た。ちょっと元気になった。推しは本当にかわいいね
それなりに追い込まれているようす
私がインフルエンザにかかったのは私の責任だし、心配されるいわれはない。早く治すのもこの身体を運用している私の義務だ。仕事の出来だけが評価につながってほしい。弱みはなるべく見せたくない。きっと推しもステージの上ではそうだったんじゃないだろうか。私はやりきった。今日、私にしかできないことを、ちゃんとやった。
基本的に身体の運用に関しては自己責任論寄りだし、やるべきことはあたりまえにちゃんとやるべきなのだ。
しかし推しのことになると話は別である。
推しに感染する風邪ウイルスは種ごと絶滅してほしいし、推しが転んだりしたのであれば推しの身体に傷をつける素材が悪いのだから世界のつくりから変えてほしいし、ともかく、世界のすべてが推しのことを大切に守ってほしい。
人生で初めて三次元の推しができた私は、このような感情も初めてのはずなんだが、不思議に苦い既視感がある。
そうだ……これはうちの母親だ。この気持ち悪い愛し方は私の母親が持っていたものだ。これに気づいたとき、解けない呪いの存在を強く感じた。母親と離れて15年以上経ち、さすがに後遺症は消えていると思っていたのに、育ちというのはおそろしいものだ。
母親は私のことを盲目に愛しすぎて、いわゆるモンペと言われる存在に近かったと思う。娘の困難は基本的に世界が悪いということになっていた。私は小学校に上がる頃にはその異常性に気付いて反発していたし、反発しすぎた結果が少々行き過ぎの自己責任論の形成につながったと思う。しかし私の中にこの感情の使い方が最上級の愛として残っているのか。
それは嫌だな……。
推し活に限らない普通にあたりまえのことを書くんだが、どんな関係においても相手は人間であり、神でも天使でも人形でもないということをしっかりと認識しなければならない。神格化は理解から遠ざかる。自分の中の感情が肥大化するだけで対話を行おうとしなくなるからだ。実際に私はいわゆる接触イベントというものが非常に苦手で、推しと自分の間には、常にステージと客席のような明確な境界線が引かれていてほしい。
私が嫌だったのは、母親が私の意思を無視して過剰に心配したり面倒を見たり教師や友人の親にクレームを入れたりしたことで、母親は私のことを愛してはいたが、対話をしてくれなかった。常に母親の中にある感情だけが重視されていた。これは愛として歪で不十分なものだろう。
こうしたことを私は十分理解して育ったつもりでいたから、友人や恋人には向けずに生きてこられたが、推しのあまりのまぶしさにストッパーが外れてしまったということなんだろうか。何にせよ人の心は重層的でおもしろいと思う。
そういうことを考えながらようやく病院に行ったらめちゃくちゃインフルエンザA型だったので笑ってしまった。テストが通って期待の結果が得られたときみたいな嬉しさというか、見様見真似で書いたプログラムがちゃんと動いたときみたいな嬉しさというか、喜んでる場合じゃないんですけど全然。でも看護師さんも「出ましたよ!!!」と笑顔で報告に来たのでおもしろかった。
なんか思ったより元気だったからマツキヨでアイシャドウとか見て帰った、触らないよう十分注意しながら。あと北海道が描いてある蒸しパン買った。普段菓子パンへの欲望を諌めて生きているが、インフルだから許容した。
土日は外に出られないのでゼノブレイド3をすごい進めようと思う。推しの写真集は2ページの進捗が目標になってます。
これ本当に違う話題になったか?
こないだ花火やった
