小学校に上がるよりだいぶ前のことでした。
いつもは一人では行かない路地の奥(と言っても大人から見たら自宅からすぐ)に歩いていったときのこと。少し行くと他所の家の小さな裏庭に突き当たりました。
家々に囲まれた小さくて少し薄暗いその庭にはビワの木があり、木の下には何かの植物が茂っていて花が咲いていました。
そして、上のほうから木漏れ日のような光が花々を照らしていた。しずかなしずかな空間で、思わず立ち止まってその静けさを子どもなりに味わっていました。
すると、そこに見たこともないような大きな青いアゲハ蝶が2匹やってきて、しばらく庭のあちこちをひらひらと飛び回ったのです。
生まれて初めて触れた、と感じた美しい光景でした。
そして、小さな私はこう念じたのでした。「ここで見たことをずっとずっと忘れませんように……」と。
その光景は60年以上経った今でも(って、ここで軽い年代開示…)鮮明に覚えています。そして、その光景と同時に、忘れませんようにと念じる自分の姿があたかも自分に見えるように思い出されるのです。
どうか忘れませんようにと念じると、覚えておきたい事だけでなく、念じている自分のことも覚えている。中学生くらいになってその光景を思い出すたびに、そのことを強く意識するようになりました。
それ以降、後悔するかもしれない選択をするときにはいつも「この選択を後悔しないと決めた私の姿をどうか忘れませんように」と念じるようになったのです。で、これは、私にとっては「どうか後悔しませんように」と念じるよりずっと効き目があるのです。
そのときそのときの自分は今の自分と並行して生きている(ってわけは、まあないのだけれど)。そのときどきの自分に操を立てる?ために、私は今も、決めた自分の姿を忘れないようにと念じているのです。