本の内容が要約されたnoteやYouTube、そして口コミサイト。時間のない私たちにとって概要をすぐに知れる、自分の興味関心との接触回数を増やしてくれる、ありがたい世の中になりました。
しかし、他人が要約したものからあたかも全貌を理解したかのように満足してしまう人も、中にはいる。そう、3年前の僕のことだ。
僕は本気で、本の内容を他人が要約したものを自分の感想だと思っていた。それは、本と向き合っていないに等しい状態だった。
でも正直に言えば、怖かったのだと思う。自分で読んで、何かを感じても、それが正しいのかどうか自信がなかった。だから誰かの要約に、すでに答えがあるような安心感を求めていた。
でも、感じ方に正解はない。むしろ、何を感じるかは個性だ。その個性を押し殺したまま、他人のフィルター越しに本を眺めていても、本当の意味で読んだことにはならない。
そう気づいたとき、勇気を持って自分で本を開いてみた。すると、どんな要約にも書いていない世界と、初めて出会えた気がした。
僕は本は一期一会だと思っている。本を開いた瞬間に、初めて出会うのだ。
本を読むと、しばしば内容を忘れる。でも、記憶が薄れていく様子もまた、美しいのではないだろうか。忘れるのは人間らしくて、むしろ気持ちがいい。
そして、その本に再び出会ったとき、その瞬間もまた一期一会だ。消えていた記憶が戻ってくることもあれば、まったく新しい出会いがあることもある。読み終えてまた忘れて、でも「またどこかで出会えるじゃないか」と思えば、読書って、もっと気楽で楽しいものになる。