「訂正する力」を読み終わった。新書は力尽きる前に読み終われるので好き。
「では、老いるとはなんでしょうか。それは、若いころの過ちを「訂正」し続けるということです。 30歳、 40歳になったら 20歳のころと考えが違うのは当然だし、 50歳、 60歳になってもまた変わってくる。同じ自分を維持しながら、昔の過ちを少しずつ正していく。それが老いるということです。老いるとは変化することであり、訂正することなのです。」
—『訂正する力 (朝日新書)』東 浩紀著
時代や置かれている状況、自分の成長によって考え方が変わることはありえる。それを自分で認めて変化できる(しようとする)ことが「大人」だよな〜と思っているので、共感できた。
訂正の力を利用するためには親密な公共圏(=組織)が必要という点や、組織の人と人を結びつけるためには祭りの場が有用と言われているところは、「Rubyist たちのための RubyKaigi じゃん」という気持ちになった。
「季節に合わせて定期的な祭りの場をつくり、熱心な参加者の生活のリズムのなかに入ったうえで、それを足場として規模を大きくしていく。それが日本の風土にあった動員のかたちなのかもしれません。」
—『訂正する力 (朝日新書)』東 浩紀著
自分にとってコミュニティは、技術的な知識を得るためじゃなく、自分の考えを見つめなおす機会にもなっていると思うので、自分にとって必要な場だなあとあらためて感じた。