からっぽ

coby
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からっぽになるって一見すると悪いように見える。

なにもないとか、身がないとか。それは「ある」ことに価値が暗黙的におかれていて「ない」ことは無意識的に悪いことに捉えている構造がある。

しかし、「ある」は「ない」に支えられていることをそれは同時に示している。

「ない」ということは、「ある」を迎い入れる準備ができているということ。からっぽにならない限り、つぎのものは入ってこない。日々情報に触れたりしていると入ってきているように感じるけど、それは通り過ぎているだけのように思う。

空(くう)は仏教ではあらゆる物事に実体はなく、相互に依存しあっていることを表す。

そう考えると、なにかが悪い・良いという判断すら分からなくなる。その視点に立って日々を過ごすとどうなるだろう?

いろんなことに関心がなくなるのかもしれないし、何にも動じなくなるのかもしれない。

でも、心が穏やかになる感覚はある。

からっぽにするって、悪くない。

@coby
神奈川に住むデザイナーです。家族で海外移住目指しています。思いやりが起こっちゃうデザインを探求しています。