- 私は憐憫をほとんど感じないし、できれば全然感じないでいたいと思う。とはいえ、私は苦しんでいる人を助けるためにはどんなことでもせずにはおかないし、実際に私はあらゆることをなすべきだ、その人の不幸に大いに同情を示すことさえすべきだ、と思っているのである。というのは、不幸な人たちはじつに愚かなので、同情を示されることが彼らには無上の恵みになるからである。しかし、私は同時に、同情は示すだけに留めて、心にそれを感ずることは注意深く避けられるべきだと考えている。 (『ラ・ロシュフコー箴言集』二宮フサ訳、岩波文庫)
ノブレス・オブリージュというやつだよね…。子供の頃は祖父や父の社員に対する情のなさに反発したり失望したりしたものだが、いざ上に立ってみるとよくわかる。仕事しない奴ほど文句を言うし、いちいち真面目に取り合っていられない。不満に対して「どうにかしてあげたい」と心を砕けば砕くほど損をする。優しい気持ちで接したところでそういう人たちはわたしを最初から敵認定していて、文句の矛先としか思っていないのだ。かといって良い人だけど仕事はできない、みたいな人の待遇だけを良くするわけにもいかない。「結局労使は相容れないのだ」と諦めるところから経営は始まる。
と納得してみたところで、理不尽に嫌がらせをされたり5分で済むような仕事に何時間も文句を言われ続ければわたしのちっぽけなメンタルはすぐに崩壊する。あなたに助けを求めたところで肝心な時に寄り添ってくれる都合の良い人ではないし、もう息切れが酷くてちょっと限界かな…。