反応がない世界というものはどういうものだろう

ばく
·

転職などもあり、4月が慌ただしく過ぎて行った。

以前はブログを書くなどしていたのだが、毎日やることに追われてそんな暇もなかった。

GWも中間地点を迎えたところでようやく仕事の段取りも組めるようになり、私生活も落ち着いてきたので、久し振りにものを書いてみようと思った。

前に使っていた(現在も使用しているが)ブログに書いても良いと思ったが、Xのフォロワーに勧められた「しずかなインターネット」というものにも興味があり、結果、興味が勝ってこちらに来た。

かれこれ10年以上ネットで二次創作を含めた創作活動をしていた身としては、常に反応に一喜一憂するような状態でもあったのだが、この「しずかなインターネット」はコンセプトとしてもそういった「反応」が見えない / 見づらい仕様になっているらしい。

まったく反応がないわけではないが、いままで常に誰かしらの目を気にせざるを得なかった環境から一転して、反応が見えない世界というものはどういうものなのか気になるところだ。

試しにこれから数日間、15分程度で思い付いたことを書いていこうと思う。

15分経ったらそこで筆を止めるので、中途半端な文章になるだろう。


さて、冒頭に「転職」と書いたが、ちょうど今年の3月まで私は宮城県で仕事をしていた。

生まれ故郷でもなんでもない、仕事のために移住した場所だ。

かれこれ7年ほど宮城県で生活し、そして3月に退職、4月に実家に戻ってきた。

7年の歳月は長いはずだが(年に1,2回は帰省していたのもあるだろう)、そこまで街が様変わりしている雰囲気はなかった。

或いは、良くも悪くもコロナの影響で、細々とした情報が嫌でも耳に入ってきていたからかもしれない。


コロナが始まった当時、私の住んでいた地域ではまだ他人事のような空気だった。

4月だったかのクルーズ船の話でもちきりだった頃も、まさに対岸の火事という感じでのほほんとしていたように思う。

私は、ちょうどコロナが本格的に流行する直前に福岡に旅行に行っていた。

その頃は、「中国で未知のウイルスが流行っているらしい」というニュースで、やはり物理的な距離の問題もあるのか、福岡では若干の警戒があったような気がする。

それでも街中の誰もマスクなんてつけていなかった。