9/7〜9/21 白露

記憶
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公開:2024/9/25

写真家・詩家のトナカイさん(松本慎一さん)の個展「すべてのあなたの記憶」のために代々木へ。どうやら夏はなかなか終わってくれないようで、暑い...暑い…と言いながら移動をする。昨年の個展「物語は変わる」も9月で、あの日も汗をかきつつ銀座の街を歩いた。私にとってしぶとい夏は大変苦しいが、夏を好きだという人も知っていて、そのことにちょっぴり心が軽くなる。

「すべてのあなたの記憶」は令和元年に発行された、トナカイさんの第一詩集のタイトルでもある。春にお会いした日にその名を冠する個展の予定を教えてもらってから、また今日まで生き続けた。人との約束はその日までを生きる目印になる。自分という川の流れに置かれた飛び石を日々渡っていくようだ。

ひとが生に苦しんでいるとき、美しい記憶を手渡して慰めることができたらと考えたことがありました。脳から記憶を取り出すことはできませんが、日常的に写真を撮り続けている私は、記憶を写真というかたちにして差し出すことで、それに近いことができるのではないかと思いました。(中略)

私という存在を感じたあなたの中に私が生まれるように、私が手渡した記憶があなたの記憶としてふたたび生まれることを願っています。(個展キャプションより)

トナカイさんが今年の春から夏あたりにかけて撮影した写真が様々な形で並んでいる。鮮やかに凝縮された小さなリバーサルフィルムは一つ一つが宝物のように収められ、大きな水彩画紙に印刷された写真はぼんやりと優しい感じがする。部屋の隅にスライドプロジェクターが設置されていて、線でつながったボタンを押すと機械がガシャリ、と音を立てて一枚一枚連続して写真が投影されていく。撮影のために訪れたという北海道や沖縄など各地の写真は、自分も旅をしているようでなんだか楽しい。そしてその間にある普段の生活の風景に、これが本当に大切なものだなあとじんとして、思わず涙がこぼれる。私の姿が写っている「記憶」もある。春の海で撮った写真。記憶に苦しむ私の生を手伝ってくれる人の記憶。記憶というものは自分の思い通りに、覚えることも、忘れることもできない。それでもこうして留めておいたり、思い出したりすることで記憶は生まれ直すのかもしれない。その実感は、この世界で生きていく希望になるのかもしれない。

帰宅して、詩集「すべてのあなたの記憶」を開く。救われたあとがきのページに、新宿御苑の入園券が挟まっている。大人、500円、2021.11.25。トナカイさんに初めて撮影をしてもらった日だ。呼吸をするのも苦しく生を手放したかった日々。同時に、生きることに光はあると信じ続けた日々。これからこの詩集を開くとき、今日の個展で見た景色もまた混ざり、私のすべての記憶は再び生まれてゆくのだろう。

twitterの140字より多めの文字数、ある程度連続した文を書こうとふと思い立ってから、しずかなインターネットに日記をつけている。自分が記憶という名前で4年前にtwitterのアカウントを作ったのは、日記帳にするノートの表紙に日記と書くような感覚だった(程なくして人生に関係のない所から生活が崩壊する。そして先のトナカイさんの詩集が届く。記憶はささやかなダブルミーニングになった)。名前も顔も知らない誰かが、自分の日記をわざわざ読んで、さらに読んだということを教えてくれる。SNSは見るのも投稿するのも全て自分の為だと思うが、他者の気配にいつも助けられて続けているのだろう。見てくださっている方、ありがとうございます。やさしいインターネットをやっていきたいな。

冷房をかけ続けるために部屋の窓を閉めきっていると、暮らしが澱んでいくような心地で体も心も重くなる。軽やかな秋が待ち遠しい。

@dasilva
生活の光の粒子が回転したり波打ったり