文中の画像はすべて『ダンジョン飯』(作者:九井諒子, 出版社:KADOKAWA)からの引用です。
◆九井諒子との出会い
初めての九井諒子作品を読んだのはたしか2013年で、『ひきだしにテラリウム』という短編集だった。
友達が研究室に置いてたものを読み、滋味のある面白さに衝撃を受ける。その後ダンジョン飯も5巻まで読んでいたのに途切れてしまっていた。
2024年、友達のすすめもあり、もう一回ちゃんと読んでみようと思い立つ。
◆1巻
昔読んだ記憶が蘇る。そうだ、笑いながら読みつつマルシルにガチ恋しそうで怖い自分がいたんだ。女子校出身でノリのいい女の子の距離感。
実践よりも学校の座学に偏重しているところに、頼もしさと危うさの両方があるのがマルシルの面白いところ。そしてこの、現場での実践、フィールドワークの大切さみたいなところをセンシから気付かされるのも1巻のよいところ。
恐ろしかった魔物を倒した上に食べてしまうというのは、完全な征服だと思う。相手を自分の血肉にしてしまう強さ。
◆2巻
ゴーレム畑に膝を打つ。勝手に動いて水分管理してくれるとか、納得感がすごい。
アイデアは作者から出ているはずなんだけど、あまりにも設定が自然すぎて、実在する生物学者の手記を読んで描いてるんじゃないかと思えてくる。
幽霊に囲まれた際、センシが思考停止せず聖水を作るのがいい。宗派ごちゃまぜっぽいのもリアリストな感じ。その一方で水棲馬(ケルピー)に対しては少し感情移入している。
ゴーレムの扱いは雑だったのに、やっぱり哺乳類には情が移りがちなのが人間。亜人型にも言えるけれど、ダンジョン側から見て「情」というのは人間の脆弱性なんだろうな。
◆3巻
リンシャがスカートを履いてるのが印象に残った。移動や戦闘に不向きなはずなので。女性らしさのためか、あるいは強いから防御が疎かでも問題ないのか。
同じ釜の飯を食べる仲間ってやっぱりいいなと思わせる巻。ナマリにとっては、ライオスパーティとの雪解けと、タンス夫妻とのアイスブレイクの二つを同時に成し遂げてしまった。
排出されてしまう精霊の魔力はビタミン摂取の話に似てる。ファンタジーあるある、生物学あるある、食べ物あるあるに加えて栄養素あるあるまで放り込んでくるのか......。
◆4巻
キキが完璧すぎるよ......。
飛ぶ時にライオスの皮膚がびらびらしてるのが好き。ちゃんと人体に知悉していて、かつ漫画的表現に拘泥せず人体を描いてる感じがする。そもそもこの人は観察力だけでなくパースの取り方や線の取捨選択がうますぎて怖い。
回復痛というニッチなアイデアも好き。多分かさぶたができたときと同じでヒスタミンが生成されてるんだろう。ファンタジーなら当たり前に見逃してるご都合主義みたいなものを一旦立ち止まって一個一個考えてるんだろうな......。
◆5巻
チルチャックがちゃんと自分の言葉で話すのがよかった回。人には思考の癖とか、処世術とかが身に染み付いている。自分の気持ちをよく観察しないまま、いつも使っている言い回しやキャラクターを選んでしまいがち。でも仲間だから素直に喋るべきなんすね。
ダンジョンに潜る強い動機があるカブルーと、オークに対して「どうするか考えて潜るよ」と答えるライオスの対比が印象的だった。
◆6巻
シュロー登場!シュローパーティーが人を歪ませるキャラクター全部盛りっぽい感じでよかった。
ドラゴンと一体化したファリンに見開きで「すごくかっこいい......」とセリフ入れるのが好き。全編通して、ギャグというよりユーモアの温度感があって落ち着く。
3パーティがボロボロになった後、蘇生してまた仲良くやってるけど、そこの不自然さもよかった。蘇生できることが当たり前のダンジョンだと、そういうメンタルになるんだろうと思う。RPGの文脈だと蘇生は全く不自然じゃない。けど、この世界では蘇生はおかしいことなんだよと繰り返し読者にメッセージを出している。
◆7巻
イヅツミ登場、粗野で礼儀知らずな子供が仲良くなっていくのを見守る巻。
考えたらパーティーってすごく社会的な集まりで、会社のチームに近い。背中を預けるので常識や社会人力がない人は採用されないんだろう。イヅツミの異様さが際立つ。
使い魔をワイバーンに似せるシーンのいきいきライオス。生物を入り口にして知った物理の知識って感じがすごくオタクらしくて良い。人間の武器は模倣だなと思う。教養のある人は、他の人より世界からより多くの情報を得られる。
センシが食べたスープのくだりは2段オチといい、カタルシスといい、なんだか美味しんぼみたいだった。いつになく饒舌で明晰なライオス。センシティブな話題ゆえにサイコパスがパワーを発揮するんだと思わされる。
記憶と結びつくという食の力を描いていてダンジョン飯らしいエピソード。
◆8巻
「他の生物に消化された肉は自己を失う」なんか重要なこと言ってませんか?相手を取り込み自分の血肉にするということが、死なないダンジョンにおいて殺す方法になっているのが面白い。そしてシスルが思ったより人間臭くてよかった。早くギャグ枠に入って欲しい。
◆9巻
迷宮のメカニズムが明らかになり、悪魔云々の話がミスルン隊長から聞かされる巻。
イヅツミが自分の中のもう一匹を意識し、共感するシーンがよかった。元の体に戻りたい本人にとって邪魔な部分なのだろうけど、きちんと自らのアイデンティティに向き合っている感じがしたので。
科学館で流れているムービーの導入みたいな話ぶりの獅子。あるよねこういうの。「一緒にソーラー発電が当たり前になった世界を見てみよう!」みたいな。
◆10巻
フェニックスが自分の火で調理されるのが面白すぎる。読者にとってはファンタジーだけど、作中の人物からすると単なる生物・物理現象でしかないから、フラットに使い方を考えられるんだろう。
マルシルの望み「人種による寿命の差を無くしたい」が熱い。長命種と短命種の関わりをありきたりな悲劇でまとめるのではなく前向きに処理しようとしている!一方で願いが歪すぎてちょっと怖い。狙ってなのかどうか、描き方がドライでポップでコミカルだから、その歪さがカモフラージュされている感じがする。
ファリンがお酒を飲むのはヤマタノオロチオマージュか。ファリンを殺す時に知識を総動員しているライオスで、キャラクターのブレなさがすごいと思う。
最後、たくさんのドラゴンから襲われるシーン。殺されたキャラクターの料理名が出てきて(チルチャックのルイベ)ギャグっぽくまとめられていた。が、弱肉強食の世界で人間の上が出てきたという明確なメッセージでむしろホラーだった。
◆11巻
ライオスがドラゴンブレスから生き残ったからくりが説明される。シスルに対して「君がもう少し生きているものに興味を向けていれば」と放った一言が重い。ライオスは常にダンジョンや魔物を理解しながら動いている。一方でシスルにとってダンジョンは手段でしかない。
◆12巻
とても好きだったのがマルシルへの説得シーン。ここでも料理繋がりのたとえになっている!すごすぎる。だからこの漫画らしさが出るんだなと思う。
悪や混沌に陥った仲間の説得、というのは古今東西で見られるテーマだけど、そこで似たり寄ったりのセリフを喋らせるのではなく、きちんとダンジョン飯の言葉になっている。
マルシル母をもっともっと出して欲しい。1巻丸ごとマルシル母でいい。この気持ちをどうすればいいのかわからない。
悪魔は魔物じゃないから倒し方が思いつかない。が、ライオスは対話を通して理解しようと努める。人間の強みって好奇心と分析なんだなと思う。食の分野でいうと、最初にフグやウニを食べた人のすごさというか。
◆13巻
悪魔のデザインが可愛い。ここにきてやっと気づいたけど、これ目が無限の記号になってるのか。
そして最後は原始的な食!火も道具もない生食!食うか食われるか!いままでやってきた料理の対極にあるものをここに持ってくるセンスのよさ。
◆14巻
最終巻。
ただただ、みんな幸せになってよかった......それに尽きる。誰も取りこぼしていない感じ。黄金郷の住民と食事を交わすシーンがいい。食の喜びの大切さよ。
大団円で登場人物が増えてコマの書き込みも増え、激しい動きのあるシーンは減り、どんどんと漫画から童話の挿絵のように感じることが増えてきた。いま読んでいる漫画が、漫画というよりも伝承の始まりのように感じる。
吟遊詩人や琵琶法師の歌、書物に記されている英雄譚は、ディティールが省かれ、改変され、誇張された物語だと思う。が、その物語を遡ると、当時そこには血肉の通った等身大の人間がいたんだろうなと。ダンジョン飯にも同じようなことを感じた。ライオスはこれから書物や口伝えの中で生きていくような気がする。これから伝承になる物語の、その始まりの部分を見せてくれたような終わり方だった。