買ってきた得用パックのお肉を小分けにして冷凍するのがダルい!
いちばん億劫な家事です。億劫なのでつい忘れてしまうのです(億劫なことを意識から追い出すことについてきわめて優秀なタイプの人間であるため、多くの破滅的状況を経験してきました)
得用パックのお肉を小分けにしないですむ暮らしをしてみたいものです。歩いて数分のところにある商店街の、コロッケもおいしいお肉屋さんで、「そっちのも二百グラムくらい切ってもらおうかしら」などと注文し、例の紙にくるんと包んで紐でくくってもらう、あれを日常としたい……(泣)
そういう暮らしだと、「お手伝いさん」というものがいて色々やってもらえるのではないかとも思いますが、それにはぜんぜん憧れないし、ナシだなあと思います。二十一世紀ですし……(肉を食べるのも二十一世紀的じゃないだろうといわれるとまあほんとうにそうなのですが)(培養肉ならオーケーかというと、「環境負荷による」ということになります)
二十一世紀だし、家庭用ロボットがいて色々やってくれるならいいんではないかというと、いや、これがね……個人的には、そこまで高度な作業が可能な自律機械を家のなかには入れときたくないな、というのが今の気持ちです。だいたいそういうのはいわゆるIoT、インターネットとびっちり繋がった機械にしかなりえないので、そういうものが高性能のマニピュレーターと高解像度カメラをつけておうちのなかを歩いているのはすごく怖い。SF的には、くるくるとよく働いて時に軽口をたたいたりするおうちロボは魅力的なのですが。
でも、個人的な偽の記憶として「子どものころによくルマンドの袋を切ってくれた家庭用ロボ」というのがあって、それはとても大切な偽の記憶です。むかしツイッターに書いたのですが。小学生の自分と同じくらいの背丈の、タイヤで移動する直立タイプのロボットで、内蔵されたいくつかのマニピュレーターのうちのひとつにハサミのアタッチメントがあって、それでルマンドの袋を切ってくれたのでした。このハサミはとても小さいもので、新聞紙をくくるときにビニールひもを切るなどのごくごく軽い作業にしか使えないようになっているし、ごてごてしたカバーがついていて、安全に配慮されたつくりになっています。台所でルマンドの袋を切ってくれるときの、しょきっ、という小さい音を、いまもルマンドを食べるたびに思い出します。あのころ住んでいた土地では、人間の目の前でロボットが(そのロボットにビルトインされたものであれば)刃物を使ってもよいことになってたんですね。自治体によっては、家庭用ロボットが刃物を使用するときには、人間とおなじ部屋にいてはいけないと条例で定められていたりします。あと、なんにしてもビルトインじゃない刃物や危険な道具を家庭用ロボットが使うことは全国的に禁止されています。ルマンドの袋を切ってもらうときも、すぐそばにいてはいけないと親に注意されていた記憶があります。ハサミの機構を見たくて、そっとにじり寄ったりしていましたが。
ほかにもいろいろな作業をしてくれていたと思うのだけれど、思い出すのは不思議とルマンドのことだけです。午後の陽のさす台所と、ロボットと、ルマンド。あの小さな音を思い出しながら、自分でハサミを使い、袋を切ります。