さそりの位置

倉田タカシ
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 ♪ たらったら  たらったら  さそりの位置

   たらったら  たらったら  おーたのしみー ♪

 この歌がスーパー店内に流れるのを合図に、棚のうしろに潜んでいる一匹のさそりが、そっと位置を変えるわけです。

 なぜそういうしきたりなのかはちょっとわからないです。お店の人にたずねても曖昧な笑いではぐらかされるだけでしょうし……

 そういう想像を、某スーパーに行って歌を聴くたびに楽しんでいたのですが、このあいだようやく本当の歌詞がわかりました。といいますか、どれほど注意深く聴いてもなんと歌っているかわからなくて、ネットで検索してようやく知りました。三年越しくらいに知りました。「たらったら たらったら 中押しの市」だそうです。「毎月15日開催の特売デー」。なるほど。「~~のいーち」は聞き取れて、「市」であろうとは想像できたので検索できました。

 でも、知ったあとでも、ぜんぜんそうは聴こえないんですよ。「♪なっかおしーのーいーち」じゃなくて「♪さっとうしーのーいーち」くらいにしか受け取れない。頭がサ行に聴こえるので「さそりの位置」だと思ったわけですね。

 博士「それはAPDじゃな……」

 むかしから賑やかな場所では人の話を聞き取れなくて苦労しています。わからないのになんとなく相槌を打ったり想像でおぎなって応答する悪癖もつきました。APDという名前がもっと早くついてくれたらよかったなと思うところがあります。APDマークのバッジがあるそうなので、つけようかしら……

 そういうふうなので、巷に流れる音声をいろいろと空耳的に受け取ることが多く、レジ音声の「同一ラベルです」はいつも「モーリス・ラヴェルです」に聴こえるし、クリエイトというドラッグストアチェーンの店内放送テーマソングで「ヘルスケアのパートナー♪」と歌っている箇所が「傷つけあうパートナー♪」に聴こえて、なんて不穏なんだろうと思いもしました。つい先日もスーパーで「フルーツカマキリ!」とおすすめされていてグッときたところです。本当はなんだったのかわからずじまいでした。

 こういった空耳遊びが、じつはAPD特有の聞こえかたにすぎず、大多数の人とは共有できないものかもしれない、と思い当たり、それはちょっとさびしいことだなと思いました。友だちに聴かせても「さそりの位置」にはならないのではないか……。「さそりの位置」と聴こえる人を10人集められたら、そのときにこそ店内に大きなさそりが顕現するのではないか。さそりも、待っていたよ、ありがとう……というのではないか(さそりなのでただ黙っているかもしれませんが)。それからさそりは、セルフレジの機械にとまどい、わたしたちに使いかたを訊ねます。あれから長い年月が流れたのです。