「snd数学の課題やったか?」
「やべ、今日までだっけ」
クラスメイトに声を掛けられて、しまったなと頰を掻いていると、「えーsndくん、また忘れちゃったの?仕方ないなあ。みせてあげよっか?」と猫撫で声でクラスの女子が話しかけてきた。込み上げてくる苦笑を噛み殺しながら「サンキュ。でも大丈夫」と躱して、すっと背筋を伸ばして席に着く彼女のもとへ向かう。
「なー、委員長。数学の課題見せてくんね?」
へらりと笑いながらそう声をかけると、細められた瞳がオレを捉える。じっと真っ直ぐにこちらを見上げてきたかと思うと、ため息がひとつ。
「ちゃんと自分でやらないと意味ないですよ」
そう言いながらも、机の中から数学の問題集を引っ張り出してくれる彼女の耳元に「今日、教えてくれねーか?」と囁く。勢いよく耳を押さえた彼女が睨むような視線を向けてきて、ぞくりと身体の奥が疼く。真っ赤に染まった耳、潤んだ瞳。クラスの誰も知らない、夜の彼女が思い出されて、瞬く間に身体にカッと熱がのぼった。
彼女はそんなオレの気持ちを知ってか知らずか「とにかく、これ」とぐいっと問題集を押し付けてくる。
そっぽを向く頬も赤く染まっているけど、否定の言葉は返ってこない。机に隠れた彼女の膝下に、そっと家の鍵を落とした。
「待ってて」
小さく瞬きした彼女がこくりと頷く。誰にもーーオレしかわからないほど微かに。
◆◆◆
sndくんの家で、一人彼の帰りを待つ。一人暮らしのsndくんの家は広くはないけれど、物が少ないせいでそんなに狭く感じない。バスケと釣りに関するものしかない部屋。
そんな彼のパーソナルな空間で、一人で過ごすことを許されるようになって、どれくらい経っただろう。
学校中の人気者であるsndくんと、堅物と言われている私が付き合っていることは、誰も知らない。
どうしても誰にも言いたくないと訴えたから、sndくんは忠実にその願いを守ってくれている。
いつか彼が私に飽きてしまっても、誰も知らなければそんなに惨めな気持ちにならないだろうと思ったから、最初に秘密にしたいと伝えた。けれどsndくんは、そんな私の気持ちをお見通しなのか、『特別だ』ということを感じさせるような行動ばかり取ってくれる。
インターフォンが鳴って、私は弾かれたように玄関に向かう。ドアスコープから覗けば、にっこりと笑みを浮かべたsndくんの姿。まるで帰りを待ち望んでいたペットみたいに、私はsndくんを迎え入れる。
◆◆◆
「な、委員長」
家でそう呼ぶと、彼女はその可愛らしい頬を膨らませてこちらを睨んでくる。ただ向かい合うと、どうしてもオレの方が目線が高いから、上目遣いで見つめられているとしか思えない。
「委員長って呼ばないで、sndくん」
「それはこっちの台詞。呼び方、違うよな?」
そう問えば、彼女は「ん……」と言いながら気まずそうに目を逸らす。
ゆっくりと、穏やかに。距離を取ろうとする彼女の懐に入り込むように問いかける。
「二人きりのときは、なんて呼ぶんだっけ?」
「……akrくん……」
「正解」
よく出来ました、と頭を撫でながら、噛み付くように鎖骨に口付けると、華奢な背中が大きく震えた。
下から上へなぞるように背骨に触れる。薄い制服のブラウス越しでも、彼女に触れるだけで、もっと、という欲望がもたげてくる。自分も彼女もあやすようにそっと背を撫でていると、オレの学ランを握りしめた彼女が言う。「もっとぎゅってしてほしい……」
その可愛すぎるおねだりに、長く、深く息をつく。
「撤回はナシな?」
そう言うと、零れた言葉は無意識だったのか、慌てて「違う…!」といいはじめた彼女の口を唇で塞ぐ。
さんざん舌を絡め合ったあと、「ん?違うのか…?」と尋ねれば、「違わないけど…」ときょろきょろと視線を彷徨わせている。
「ナマエがなんて言っても、オレはもう無理」
そう言って彼女の逃げ道を断ち、そっとベッドに押し倒す。見上げてくる瞳は、ゆらゆらと揺れている。その奥に見え隠れするのは、期待だ。
ブラウスのボタンを外しながら、鎖骨、胸元へと唇を落とすと、背中に華奢な腕がまわされる。
はだけたスカートの隙間から見える白い脚。その奥も、こんなに扇情的な顔をするナマエも、オレしか知らない。優しくしたいと思うのに、いつも急かされたように制服も下着も剥ぎ取ってしまう。
それでも赤く目元を染めてオレを見つめる彼女に甘えているのは、自分の方だなと思い知る。
もどかしく脚を割って、ぐっと身体を密着させると、オレを抱きしめる腕に力が籠って、その事実だけであっという間に快感と幸福感に包まれる。
「……絶対、離さねぇ」
溢れる感情のままそう零せば、彼女はふわっと笑った。