Xからの再録です
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「なんでまた振られちゃったんだろ……」
そう言ってカウンターに突っ伏す。目を閉じれば、お酒が回ってくるのを感じた。
すかさず「よしよし」と頭を撫でてくれるひんやりした大きな手は心地よいけれど、それじゃあこの深い悲しみは全然消えない。
sndと飲む時はいつもこのお店だ。雰囲気が良くて、お互い気に入っている。sndは目立つし有名人だから、カウンターの隅で静かに飲まなければならない。だからどんなに悲しくても、泣いたり叫んだりしない。
ただ、別れたこと、その時にかけられた言葉の酷さと、どれだけ傷ついたかを切々と訴えれば、sndは困ったように眉尻を下げて「仕方ねえなあ」と言って再び頭を撫でてくれた。
この習慣がいつから始まったのか、正確には覚えていない。高校の同級生だった頃から、誰かと付き合っては別れるたびにsndに話を聞いてもらっていた。
多分一番最初は、先輩と付き合えることになって喜んで、でも受験を控えた先輩と会えない日が続いて寂しさが爆発してしまい「もう無理」と振られた時だった。
あの日、教室でひとり泣いていたら、どこからかsndがやってきて、ぎょっとした顔で私を見つめたかと思ったら、何も言わずそっと頭を撫でてくれた。
「きっと今回の相手は、運命の人じゃなかったんだよ」と言われ、思わず伏せていた顔を上げた。
「なんで知ってるの、私が『運命の人に出会った!』って言って喜んでたこと」
そう言うと、一瞬はっとした表情を見せたsndは、困ったように眉尻を下げた。
「……なんでだろうな?」と言いながら。
高校を卒業してからも、大学生活を送る間もずっとーsndが海外に行っていた時期は別だけどー誰かと付き合ったとき、別れたときは、必ずsndに話を聞いてもらっていた。
グラスを煽ると中身が一気に減った。
試合が近いから「今はお酒は飲まない期間」と言うsndの前にはジンジャーエール。
飲めないなら、呼び出しを断ればいいのに。
「別れた」と言ったらすぐに「今晩、いつもの店」と返されたから、何も考えず足を運んでしまった。
「ていうか一人で飲んでると気まずいんだけど」
「って言われてもなあ」
「ちょっともダメなの?」
そう言えば、sndは「うーん」と困ったように笑う。これは、もう一押しすればいけるやつだ。
「一杯でも付き合ってくれないわけ?」
じっと下から見つめれば、口元を歪めたsndはふっと私から目を逸らして、マスターを呼んだ。
なるべく度数の低いものをしかも薄めで、と頼むsndの注文を、お馴染みのマスターは苦笑いで請け負った。
しばらくして、薄めにしておきました、とsndの前に細いグラスが置かれた。
長い指がそれを傾けるのを見つめる。ほんのわずか口に含んだだけで、sndはグラスを置いた。
途端に無理を言ったことが申し訳なくなってきて、私は置かれたばかりのそれに手を伸ばしていた。
「……おい」
静止を聞かず、細いグラスに口をつける。
ぴりっと喉が刺激されて、こほんと小さく咳き込んでしまった。
目を細めたsndがこちらを見つめている。
「何してんだ」
呆れたような声音だった。
「だって……飲まないって言ってるのに悪いなって」
どんなに泣き言をいっても笑って流してくれるsndの、いつもと違った口調に思わず口籠もる。
sndはふーっと長いため息を吐いて
「……こういうこと、他のやつにはすんなよ」
「こういうことって?」
「だから……」
「でも一緒に飲みに行ってくれる人なんて、sndくらいしかいないよ」
みんな薄情なんだから、と文句を言ってから思い出した。
「あ。でもこの前、ksnと飲んだよ」
「……は?」
「別れた次の日。ちょうど連絡きたから」
「アイツ……」
「なんで?だめだった?」
「いや、だめじゃねーけど」
「だって連絡しようかと思ったけど、sndが遠征でこっちにいなかったから」
むうっと膨れてみせると、
「あー、うん、確かに」
頬に手を当てたsndは、
「オレに連絡しようとしたんだ?」と、にっこりと笑って聞いてくる。さっきの機嫌の悪さはどこにいったんだ。
「そうだよ。でもチームの予定見たら、沖縄って書いてあったから」
「ふうん。予定まで見たの?」
「それだけ飲みたかったの!悪い!?」
「いや。これからも飲みたくなったらオレ呼んで」
そう言ったsndは、じっとこちらを見つめて、長い指を伸ばしてくる。
頬に落ちた髪に、sndの指が触れた。そっと耳元にかけられる。露わになった耳にsndの指が触れて、離れていった。
sndは私の目の前に置きっぱなしだった細いグラスを再び手に取ると、こちらを横目で見ながら、中身を喉に流し込んだ。
続く…?
おまけ
この後すぐksnに連絡したsndくん 。
「あいつクダまくばっかりだから絶対もう誘わねえ!」というksnに安心するsndくんだった。