ネパールで見た世界のビジネス

dorarep
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ネパール旅行で色々思うことはあったので1個1個まとめて行きたいが、ちょうど今まさに感じていることから書き記そうと思う。

まず姉が知人にネパールのポカラで良いカレー店を聞いたところ、その友人のネパール人の弟がポカラにいるから案内するよ、となったのがきっかけ。

つまりその人と自分との関係は『姉の知人の友人の弟』で、めちゃくちゃ遠いい。

ちなみに姉とその知人も特別仲が良いわけではなく、飲み会かなんかで2回程度一緒になったぐらいの関係性らしい。

で、姉と自分との二人で旅行に行ったのだが、姉が先にポカラを離れるので自分が数日残ることになった。

そこでそのネパール人がめちゃくちゃ良くしてくれて、色々な観光地までバイクで連れてってくれたり、ジムに行きたいっていうとジムに連れてって交渉してくれたり、家に招待してくれて朝食や夕飯を振る舞ってくれた。

その後ポカラからカトマンズに移動した後も「近くに自分の会社があるから、そこの友人にサポートをお願いしてあげるよ」と言われた。

普段の自分だと「過度な好意を受けるとお返しする責務が発生して面倒」って感覚があったり、過度に人間関係を広げることを避けがちなんだけれども、ある種二度とこないかもしれない旅行先の体験の1つと思いお願いすることにした。

で、そこで案内された先で相変わらず色々尽くしてくれたわけだが、その人に職業や会社の規模を聞かれ「お前の会社は就労ビザは出せるか?であればうちの人材派遣会社とビジネスしないか?」となった。

導入が長くなったが、これがこの記事の本題だ。

観光もビジネスの一環である

まず観光というぬるま湯の中、唐突にビジネスという冷水をかけられたような感覚。

正直なところ、旅行中の出会いの1つ1つにビジネス的価値を見出そうという発想すらなかった。

たとえば旅行中に「どうせ二度と出会わないし相手にどう思われようと気にしなくてよくない?」という人もいるが、それは出会いの1つ1つを刹那的に捉えているからこその発想だ。

出会いの1つ1つが長い友人関係に繋がったり、ビジネスに繋がったりする。そう捉えると旅行中に信頼を失うようなことをすることは大きな機会損失つながる。

特に人間関係が濃厚なネパールのような国では、一人に対しての非礼がコミュニティに広がり、その国レベルで影響が出ることもあるかもしれない。

そう考えると1個1個の出会いがバカにできないものだし、日本に来る外国人に対する目線もまた大きく変わってくる。

世界はグローバルにビジネスが展開している

そして「海外旅行に行く」というと「よくそんな時間あるねぇ」と言われることもあるが、そうして海外旅行に日本のビジネスマンが行かないことは日本にとって大きな損失なのでは?と感じさせられた。

世界のビジネスはこうしてグローバルに繋がっている。

旅行の偶発性の中で、唐突に国を跨いだ会社同士の交流が生まれ、そこでビジネスがグローバルに展開していく。

そしてこのような展開は『観光客』として観光地に行き写真を撮ってるだけでは発生しない。

現地の人と同じレベル感で交流し、人間関係を広げていく必要がある。

それにはグローバル言語としての英語力が必要になる。

そもそも海外旅行に行く日本人も減っている上、英語力の低い日本人が、国際的に力を失っていく要因が垣間見ることができた。

人間関係を大事に

ネパールで感じたのは「システムの弱さ」だ。むしろ日本のシステム化が進みすぎているとも言える。

日本は機械的な自動化が進み、人間関係による流動性が失われている社会だということだ。

人間的な信用は関係なく、誰もが同じ価格で同じサービスを受けることができる。

信用や人間関係より、『システムをハックする力』が優劣を分けるとも言える。

一方でネパールは人間関係が全てだ。店頭に値札はなく、ものの値段も店主が自由に決める。信用がなければ何倍もの値段で買わされるだけだ。

その価値観の中で鍛えられているネパール人の人間関係構築能力は強い。

そしてそうした世界観が未だ世界の大多数であり、そうしてビジネスは繋がっていく。

システムは便利で効率的なので、世界的にはシステム化の流れは進む一方だろう。

しかしその中でも人間関係を疎かにすることなく、システムから距離を置く価値観の大切さを痛感させられた一瞬だった。