岡田悠さん作のアプリ「Dokoka」ブラウザ版で散歩をしてみました。Dokokaは「どこか」への方向と距離だけが表示されるアプリで、どこかの30メートル以内まで近づくと到着した判定になり、どこかがどこなのかを教えてもらえます。

DokokaのことはBlueskyでたまたま知って、面白そう!と一目でワクワクしました。矢印と距離だけを頼りに歩くなんて冒険みたいだなあという気持ちと、詳細は後述するのですが「ランダムに散歩できること」そのものに実用的なありがたさを感じていました。
さっそくスマホを取り出しブラウザ版にアクセスしてみると、まず表示されたのは1キロちょっと先のどこかでした。現在地である自宅から1キロちょっと、散歩として程よい距離だなと思いつつ眠りについたのが昨日のこと。そして翌日外出した先で確かめてみたところ、どこかまでの距離が400メートル弱になっていました。
(帰宅がてら寄り道すればたどり着けるのでは?)
ということで、自転車を矢印の方向に向けて走り出します。このとき思っていたのは「自分は距離感がないから不安だなあ」ということでした。400メートルってどのくらい移動すればいいのか全然ピンとこない。
ただこの心配は杞憂というか先走りで、矢印も距離もどこかへの直線距離で示されているので、そもそも矢印どおりには進めない場合のことが多いのです。近づいたかなと思って画面を確かめても、角度が少しずれていたせいでいつの間にか遠ざかってしまっていたり、じゃあ方向を調整しようと思っても矢印の示す方向には道がなかったり、運よくちょうどいい道があったと思ったら途中からカーブしていたり。思ったより手強いぞと実感しながら進むことしばし、どこかまで100メートルほどにまで近づきました。
目の前には神社の看板と勾配がしっかりめの階段があります。
矢印は綺麗に階段のほうを示していて(もしかして)と思います。神社は「どこか」の目的地にはぴったりに思えるし(Dokokaの目的地は「誰でも訪れることができる、屋外の公開スポットから選ばれます」とのこと)、階段をのぼって突き当たりまで進んだらちょうどなのかもしれない……と思います。
天気の良い昼下がり、初めて訪れた神社、こういう出会いを発生させるための仕掛けでもあるだろう──そしてそれを楽しむためのものでもあるだろうと、自転車を停めて階段をのぼりはじめたところで筋肉痛を思い出しました。先だってのゴールデンウィークに得たものの一つが太ももの筋肉痛です。一昨日に比べてマシになっているから忘れていたのですが、階段をのぼるとまだしっかりくる。
階段をのぼりきって本殿に参って、まっすぐ進めば敷地の突き当たりはすぐでした。画面の表示は残り40メートル。つまり到着するには10メートル足りません。突き当たりは森(下りの急斜面)でこれ以上直進はできません。左右それぞれに道があったので覗いてみたものの、道の続く方向からすると目的地まではつながっていないような気がします。とりあえず進むこと自体はできますが、こちらも山道になっているので行き先が分からないまま進むのが怖くもあります。
いったん引き返して自転車にまたがり、神社を回り込んでみることにしました。道が狭いのと建物や森とで見晴らしが悪いので本当に回り込めるのかはいまいちわからないものの、ひとまず方角としてはそういうことだろうと思って目指します。グーグルマップを開けばどこかの目星もつくし効率的なルートも分かるだろうとよぎったものの、それをするならDokokaじゃなくて良かろうと思い、もうしばらくは自力でルートを探してみることにしました。実は朝食を食べそびれたまま午後に突入しているので空腹はあるものの、天気はよく散歩日和でいい心地です。
これで神社を周り込んで到着できなければ、あるいは山に入るしかルートがなさそうなら、今日は諦めて後日出直そう、なぜならいよいよ腹が減ったし洗濯もしたいと思いつつ、近隣住民しか使わなさそうな小道をグネグネ走っていくと、道端に歴史マップなるものが見つかりました。グーグルマップは頼りたくないけれど、現地で見つけた地図を見るのは良しとします。とはいえ見つけた地図はごく簡易なもので、先ほどの神社は載っているものの、その後ろに回り込める道があるかはいまいち確証が持てません。ただ、その地図とDokokaの示す矢印と距離とを照らし合わせると、今回の目的地がどこかなんとなくわかる気がしました。それが山中にあるんじゃないといいけどなと思うのですが、神社で残り40メートル表示だったときの景色を思い出すと、山中の可能性も濃いような気がしてうむむと唸りたい気持ちになります。
ふたたび自転車を漕ぐことしばし、神社のおおよそ後ろに回り込めたような気がしました。Dokokaの表示は残り50メートルほど。ここまでくると少しの角度のずれで距離が大きく開いてしまうので、行きたい方向に向かえる道がないか目を凝らしつつ、山中に入る可能性を思って登山口がないかも気にしつつ進んでいくと、山方向に続く階段がありました。またしても角度がしっかりめ。ここをのぼっていくのはやだなぁと思いつつ、まずは様子見と思ってのぼったところ、階段はすぐに途切れて完全な山道になりました。単なる山道を50メートルなら進んでも良いのですが、下草が刈られておらず、まず手入れも人通りもここ最近なさそうとなると、ちょっと今の恰好では進めないな……私有地の可能性も否定しきれないし……とまたしても撤退することに。
とはいえこの先は道もなさそうなんだよな~と気落ちしつつほとんど帰宅に切り変えるような気持ちでゆっくりペダルを漕ぎだしました。すると死角になっていた位置から道が現れ、おやこれはとスマホを取り出せば、これまで「どこか」だった目的地の名前が表示されていました。30メートル以内に入ったことで到着判定になったようです。残り距離は6メートル、画面から顔を上げれば白い古びた看板があって、さっき知ったばかりの目的地の名前が書いてあります。
ルートや残り距離を確認するだけのつもりだったのにいつの間にか到着していてあっけないような気持ちになりつつ、目の前の看板を読んでみます。今回の目的地は史跡の一種で、先ほど見つけた地図で「ここに設定されているんじゃないか?」と睨んだまさにその場所でした。けれどこれまで来たことは一度もなく、存在も知らなかった場所でした。
へえ、と思いつつ「到着」をタップして今回のどこかを記録すると、次の目的地まで400メートル程度と表示されました。これならはしごできるかもと思いかけたのですが、お腹も空いたのでいったん帰路につくことにしました。
これが自分のDokoka初回の記録です(2026年5月9日 歩)。
Dokokaで散歩をしてみて面白かったことや気づいたことがいくつかあります。
➤ 目的地までまっすぐ進むことはとても難しい
Dokokaで表示されるのは、目的地のある方向とそこまでの直線距離のみです。表示の見た目からカーナビを連想したりもしますが、そうしたナビゲーション類は「ルート全体を分割したうえで“いま”進むべき方向」を示しているので、Dokokaとは矢印の意味が全然違います。Dokokaを見ながら移動する場合、示されている方向そのままには進めないことも多くて、それが“ある地点からある地点への移動”というシンプルな行為を複雑かつ面白くしていると感じました。
地図を頼りに目的地まで移動するという行為はそこそこ得意なほうだと思うのですが、住んでいる町でも普段出歩かないあたりは全体像が把握できていない=脳内にマップがないので、方向と距離だけを頼りに目的地を推測するということはもちろんできないし、“そのあたり”に移動するためにどういうルートを選べばいいのかも完全に手探りになりました。
このあたりは土地勘の有無や、その土地そのものののありようによっても変わってくる部分だろうとも思います。京都市や台北のように路地が碁盤目状になっているとか、はたまた畑や田んぼ続きで見晴らしが良いとか、あるいは細い路地のほとんどない都市部とか、そうした土地のありようによってそれぞれ手触りが違うのかもしれず、そうした場所ごとにDokoka散歩を比べてみたいなと思います。
➤ 自転車は便利だけど不便
自分は車ではなく自転車をもっぱらの移動手段としています。自転車は徒歩よりもたくさんの距離をすいすい移動できて便利です。それに道を間違えたときやルートが不安になったときも、車と違ってすぐに止まったり方向転換したりできます。でも階段はのぼれないし、自転車を停めていい場所がどこにでもあるとは限りません。自転車では行けない場所、自転車が荷物になる場面は意外とたくさんあるんだということを感じました。
通っていた大学のキャンパスがやたら広かったのですが、講義棟を移動するときに自転車を使うこともあれば、自転車だと使えるルートが限られるから結局遠回りになるなと徒歩を選んだりしていたなというのを懐かしく思い出しました。普段自転車で暮らしていると「自転車で行けるところ」に行くから忘れちゃうんだよな……
Dokokaでの冒険は徒歩(+公共交通機関)向きかもなと思います。身軽にぶらぶら歩ける方がいっそう楽しそうです。
➤ 帰路に気をつけよう!
言うまでもないことではありますが……!
方向音痴な人、土地勘のない人、迷子になる可能性があると思います。どこかに到着したあとも、Dokokaでは周辺マップや辿ってきたルートが示されるわけではありません。
幸い自分は「出発地と自宅はそれぞれあのあたり」とわかる範囲での移動だったので何事もなく帰れましたが、目的地探しに熱中するあまり帰路がおぼつかなくなる事故をやらかしそうとも思います。そうなればさすがにグーグルマップを頼りますし、そうすれば帰れるとは思いますが……反対に言うと、どこに連れて行かれてもグーグルマップを見れば帰れるぞという自信のない人は、一人でDokokaの冒険をするのは避けた方が良いように思います。
➤ 散歩が旅になる
Dokokaの醍醐味はこれだなと思いました。まだ使いたてほやほやでの感想ですが。
自分は散歩と旅がそれぞれ趣味です。自分のなかで「散歩」は近所をぶらぶら歩いたりサイクリングしたりすることで、うっかりすると休日をネットサーフィンで終えてしまう自分を空の下に追い出すための手段でもあります。お決まりの目的地とルートが固定化してしまっているので新規開拓したいと思いつつ、目的地に相応しい場所を考えるのは案外面倒で、外に出ること自体が目的だしと思って満足してもいました。
一方の旅はといえば“ここではないところ”に行くことだと思っていて、遠くに行ったり、初めてのことをしたり、非日常に身を置くことを醍醐味と捉えています。初めての土地に行くのが好きで、新しいものに触れたいという気持ちが大きいです。
Dokokaを使っての散歩は目的地を決めてもらえるし、そこが近所でもお決まりのルートから外れて初めての景色にたくさん会えるし、そもそもどういうルートを取ればいいかは手探りするほかなく、散歩の距離のはずがすごく新鮮な旅になりました。これは先日読んだ岡田さんの旅行記『駅から徒歩138億年』の楽しさにも通じる感覚だなと思います。
散歩がランダムにできることそのものがありがたいし、それが旅になるからいっそう楽しくて嬉しい。
Dokoka、これからもお世話になるだろう予感がしています。
おまけ 今日のDokoka散歩旅で出会った生きものたち
カモ
亀
カワウ(たぶん)
猫
クロアゲハ蝶
ネコ、まず人間が来ないのだろう山道入り口の脇で寝ていたところに急に自分が入っていったからか、驚いて石垣からずり落ちかけていました。ごめんね。