アイドルにまつわる文章を書く前は何かをほとんど書いた経験がなかった。会話の中で友だちにそう話したらとても驚かれ、うれしく照れくさいような気持ちになった。でもよくよく考えてみたらそうではなかった。十代のとき、二次創作の小説を書くことに夢中になっていた。
中高の六年間は自分にとってどこまでも暗澹たる年月ではあったが、数えきれないほどの音楽、映画、文学や漫画に大いに助けられ、そういった表現から発されるパワーによってわたしはどうにかして自分と世界を繋ぐことができていた。とあるアニメの二次創作に夢中になったのはそんな時期だった。ただ二次創作をしていたのは数週間から数ヶ月のとても短いあいだで、それが中学だったか高校だったかもよく覚えていない。二次創作を通じて誰かと繋がる気はなく、誰に見せるつもりもなく、他人の小説も読むことはなかった。ただただ自分の満足のために携帯のメモ帳に文字を打ちまくっていた。
二次創作というとおそらくBLが主流だが、わたしの主人公は基本的に女だった。女は誰とも結ばれることはなかった。彼女を生み出し自由に操ることができる創作者だった当時のわたしは幸せそうな人々をひどく妬んだり嫌っていたので、せめて自分の意思でどうにかできる人間に不幸を味わってほしかった。莫大な数いるキャラクターにはそれぞれ愛着があったから彼らにはけっこう優しくした。といっても当時のわたしは偏執的なほどにひねくれていたので、それなりにほろ苦い思いをさせることは忘れなかった。
小説はひとつも完成することはなかった。理由は簡単だった。ずぶの素人のくせによくわからないこだわりを発揮し、入り組んだ構造の小説をいちいち書こうとしていたからだった。
あらすじはだいたい同じだった。女はキャラクターの誰かに恋をして、ある時には誰かに恋を背負わされ、またある時にはお互い恋を背負いあっている。ひとつのちょっとした事件が起こり、それによって女とキャラクターの関係性が揺らぐ。最終的に関係は壊れるか、膠着状態になって終わる。単純そうなストーリーだが、これを意識の流れを用いて二人の視点、時には三人の視点で書くという、アクロバティックなことをやろうとしていた。なぜこういった創作方法を用いたのかもよく覚えていない。何かから影響を受けたとかも特に記憶がないので、純粋にそういう方法を思いつき、やってみたくて試していたのだろう。
わたしは女を苦しませ、困惑させ、慟哭させ、不安にさせ、悲しませた。日々感じていたつらさやままならなさ、ひどい劣等感や他者と関係を築くことの難儀さを、女を通してたしかに言葉にしていた。二次創作をしていたのは数週間から数ヶ月のとても短いあいだではあったが、その短期間で夥しい量の言葉を書き殴るようにして入力しまくった。あれからずいぶん時間が経ったけれど、自分の書くことの原体験は間違いなくあの日々にある。