6年ほど浅草に住んでいた。
上京してからは基本的に東側にしか住んでいない。浅草や押上の下町感がとても居心地が良い。
浅草のホッピー通りで昼から飲むのが好きだ。昼間からベロベロで隣のWINSで買ってきた馬券を握りしめて大声で話しながら飲んでいる江戸っ子たち。並んでいる店をちょっとずつ食べ歩いている若者。すごい勢いで呼び込んでいる店員。いろんな人があの通りに凝縮されていて、その空気感の中で飲むのが楽しい。
お気に入りの店が一つあった。ぱっと見がすごく怖い女将さん2人と、気のいいおじさんと、若い気合の入ったお兄さん(以降、若)がやっているお店だ。女将さんはすごく不機嫌そうなのだが、猫の番組を見ながら「かわいいねえ〜」と笑顔で同意を求められた時から「根はいい人」だと思っている。(当たり前だ)
若は口数はそんなに多くないのだが、半年ぶりくらいに行った時に「久しぶりじゃん」と何気なく言ってくれた時から注目していた。その後も、満席の時に「今空いてないんだよね」と冷たく言われたかと思うと、仕方なく他の店で飲んだ後に店の前を通ると「あの後、ひと席空いたから探したんだよ」と言ってくれたり、絶妙な距離感がたまらない。
頻繁に行っていたのはコロナになる前だった。その頃は知っての通り外国から浅草に来ている人がたくさんいた。ホッピー通りへ足を運ぶ人も多かった。当然こちらのお店にも来店してくるのだが、英語メニューもないし、わざわざ英語で接客しようという気もなく、日本語で接客して、わからないんなら知らないよくらいの勢いで日本人と何一つ変わらない応対をしている。そのせいか、他の店と比べると外国の方の来店は多くない方だった。
そんなある日、それでもここで食べようとする外国の方がカウンターに着席した。席も近かったので何かあったら助けてあげようと見ていたのだが、彼らなりに理解して注文していた。このお店はカウンターにいくつか惣菜が並んでいる。その中に「肉じゃが」があるのだが、この外国の方はこれがかなり気になっていて、「なんだこれは?」的なことを言ってる会話が聞こえてきた。そんな時に若が近くを通った。絶好の機会と思ったのか外国の方は「これはなんだ」と聞いた。すると若は2秒ほど間をおいて
「ベジタボー」と言った。
強いと思った。大分類で言ったら間違いなく野菜は入っている。何よりこういう時に「ごめん、英語わかんねえや」とか「Japanese please」とか無視とかではなく、ちゃんと目を見て「ベジタボー」と言える気概に、強さを感じた。外国の方も「おお、そうなのか。」と何も言い返さず飲み込んでいた。
先日久々に行ったら、数年ぶりなので流石に覚えていないのか、特に話しかけられることはなかった。それで全然構わない。コロナ禍を無事生き残り、またこの場を提供してくれることが嬉しい。私も肉じゃがを「ベジタボー」と返した若のような気概を常に持って生きていきたいと思う。