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to : Schizophrenia

平野望 / dysfreesia
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公開:2026/8/18

どんな人だったのかは正直分からない。僕たちの時間軸が同期したのはほんの数ヶ月前のことで、しかも出会った環境も環境だから関係性に深みもへったくれもない。ただ印象的な人だった…それも当然と言えば当然である。何せ一番初めに言われたことは初対面にも関わらず「君はなんでいつも僕を監視しているんだ」だったから。情報として聞かなくても統合失調症を患っていることは明確だった。そんな人は嫌でも印象的になってしまうし、常に気持ちの良いやり取りをしていた訳でもない。

だから尚更、彼が亡くなった時にそれを深刻に受け止めている自分に驚かされた。思いがけず胸の奥に息が行き渡らない状態になっていて、いくらか混乱している──と書いている僕の脳裏にはあのギターのサウンドがずっと鳴っていて一向に離れていってくれない…

ソニック・ユースには沢山の格好良さが詰まっているけれど、僕がこの人たちのことを心底信用してしまうのは常に人間臭かったからだった。終わり方はまあ酷かったし残念過ぎたけど、らしいと言えばらしかったと思う。夫婦の破局という予想をしていた訳では全くないが、でも「やることがなくなりました、はい終わり!」みたいな具合にバンドを綺麗に終わらせるような人たちでもなかったはず。サーストンとキムが離婚を発表した直後くらいの頃、リーが「バンドの今後はそんなに心配していない」と発言していたように記憶している。そんなことあるかね…?と思っていたから、リーの発言が徐々に曇っていくのを知る度に悲しい気持ちにこそなったが、でもその「難しさ」は理解できた。しかしその「難しさ」をリーが上手に捉え切れていなかったのは、つまり互いの距離感が歪で極端なバンドだったからに他ならない。夫婦関係、友人関係、バンドの独特な人間関係…それらが生み出す信頼関係を基に奇妙なバランスで成り立っていたのがソニック・ユースだった。奇妙なかたちの構造物は要所を突けば一気に崩壊する。でも当事者の方がその危うさに思い至っていなかった…ということは不思議でもなんでもない。

でもそんな彼らだからこそ”Schizophrenia”、即ちストレートに”統合失調症”だなんて曲を演奏できたのだとも思う。人間について真剣に考えられる人でないとそんなタイトルの曲を作ろうだなんてそもそも思わないはずだ。

この曲はともかく「やさしい」と思う。そしてこの「やさしさ」は漢字で書きたくない。他人を突き刺さそうとしないノイズのサウンドに漢字の鋭角さは相応しくない。

多分だけれど、曲にはふたりの視点が存在している。統合失調症の彼女自身を司るキムと、そんな彼女を客観的に見つめるサーストンである。実の兄弟が「金の鎖に繋がれたビッチ」だとまで言うのに、サーストンは彼女を嘲り笑う風ではない。サウンドが示しているのは距離感の取り方に対しての戸惑いと、彼女の受け入れ方についてだ。サウンドと共に気持ちが揺れている。

一方でキムの視点は極めて閉じ、そして常に悲しい。見えていたものが見えなくなってしまったことに対してすらもう感情が上手に働かない。彼女には未来が見えているが、その見つめ方は脅迫的に醒めている──私の未来は動かない / もう終わってしまった / あなたを布団に包んであげよう / それからふたりで互いに話すことだってできる / 夢を見た / その夢が現実を切り裂いた / でも直感している / それはまた私のもとに戻ってくるのだ、と。

そんなふたりを繋ぐ一節は”Schizophrenia is taking me home” = “統合失調症が私を家へ連れ戻す”。でもこの「家」の意味がふたりにとってはそれぞれ違う。ふたりの気持ちはずっとすれ違っている。

その微妙なバランスを絶妙な音響で鳴らすソニック・ユースである。やさしい。そしてやさしい人は格好良いが、脆く傷付きやすい人でもあるのだ。

…とそんなことを考えながらふと思うのは、やはり彼には彼にしか見えていない世界が確かにあったのだろう、ということだ。幻ではない。他者の世界と統合性が取れないから互いに混乱していくだけで、間違いなく存在はしていたのだ。人間を捉えることは至極難しい。途中で放り投げたくなることだってよくあるし、実際に放り投げることもある。理解してあげることができない自分が心底嫌になることもある。今まさにそんな気分だ。

やさしいですね、と言われる度に「そうじゃないんだ」と思う。僕はやさしくなんかないけど、そこに格好良さを感じているから探し求めているだけだ。ソニック・ユースへの憧れの気持ちは、つまりそういうこと。

思えば彼にも「あなたはやさしくて誠実だね。でも理想を見つめ過ぎて疲れている」と言われたことが一度だけあった。気持ちが晴れていたのか、その時の彼は澄んだ目をしていた。破綻しているように思えた世界の隙間から彼は僕のことを的確に突き刺したのだった。そこからずっと血が滲み続けている。

新しい家は見えただろうか。そこは落ち着く家だろうか。そうであって欲しい。そう信じるようにする。

@dysfreesia
dysfreesia + mihau / Babera