彼は私よりもひとまわり年下ののっぽな男の子だ。
以前同じ職場にいた彼は、落ち着いた立ち居振る舞いでいつも誰かのフォローをしていた。新人さんたちの頼れるお兄さんであり、面倒だと言いながらその立ち位置を好んでいるように見えた。疲れると大きな目を真っ黒にして、ぼんやりと外を眺めていた。
彼はお酒が大好きで、飲み会ではその長い足をぎゅうぎゅうにカウンターに押し込んでグラスを並べて笑っていた。
自分はサイコパスだとたまにこぼしていたが、私からすれば仕事がよくできすぎる普通の男の子だ。
それがどうしてか私のもとへ転がってきて、今に至る。
この記事を書こうと思ったのは、それがもしかしたらもう終わるかもしれないと感じたからだ。知り合って1年、そばにいるようになってから半年が経った。良いところも嫌なところも、少しずつ輪郭がはっきりとしてきたところだ。
しかし、私は今までパートナーに対して自分が思っていることを言わないという悪癖があった。相手に対して怒ることもできない。笑って軽くつっこみをいれながら自分の心のなかでひっそりと減点をして、それが赤点に達するとすべてをあきらめてしまう。相手への期待値が大きければ大きいほどにその落胆は激しかった。当然、それでは長く他人と一緒にいることはできない。短すぎることもなく、誰であっても2年ほどでお別れをしていた。
自分でも薄々わかっていた。怖いのだ。指摘して相手が不快になることも、その場の空気が悪くなることも、自分の「当然」が否定されるのも。
さらに良くないことに、怒ってこなかったせいで上手な怒り方がわからない。感情的になっては話ができないと勝手に思っているので、理論的に組み立てようとする。しかし結局は自分が正当だというために、反論のできない理詰めを構築しようとしてしまう。
ふたりのあいだで起きる問題なんて、見る視点と立場が変わればどちらだって正当だ。相手がどう感じているかを考え、どうしたら落としどころを見つけられるかの作業をしなければならない。自分を押し付けたところでなんの意味もない。
ずっと逃げてきたそれを、これからやってみようと思う。
勝手に傷だらけになってのっぽな背中を見送ることになるかもしれない。都合よく悲劇ぶって泣くかもしれない。
10年後に読み返したら黒歴史以外のなにものでもないだろうが、あえて軌跡を残そうと思う。