ピースてダサくない?
何の気なしに思ったことを口走ると、目の前の男が口をあんぐり開けて酷く傷ついた様子で固まった。なら、今時の子は、写真の時どんなポーズするん。少しいじけた声でおじさんが口を尖らす。言われてみれば、そんな決まったポーズもないし、ピース以外にうまく説明できるものもない。それでも、男の決まり切ったポーズはどこまでも古めかしくて、それはないなと思わせるには十分だった。
「知らん」
「また、そうやってすぐ会話を切ろうとする」
つっかかってきたのは聡実くんの方なのになあ、と態とらしい責め苦は冗談の色が強すぎて謝る気にもなれない。だって知らんもんは知らんし。写真なんてそうそう撮ることもないのだ。
成田狂児という男は、黙っていれば(いやどこからどう見ても堅気の人間には見えないが)背も高いし、身なりもいい。黙っていればそれなりの見栄えになるのに、どうしてこちらに向ける顔はどこまでも阿呆なんだろうか。
(僕が怯えるから、か)
今更男が無害だとも思わないし、中学生の頃の無鉄砲さもない。お互いが生きる場所が違う事も理解しているし、こうして時間を共にしていることの危険性や違和感を、きちんと理解している。それでも、心の底から男を恐れることは出来なかった。なんなら、こんなのに振り回されているのもまんざらじゃない自分自身の方が怖い。
「……自分の映ってる写真とか、嫌やし」
「えーもったいない。こんな可愛いのに」
「勿体ないことあるか」
こんなドコにでもいるような平凡な男が映った写真のどこに価値がある。そうして反射で突っ込んでおいて、突っ込む先が間違っていたのに時間差で気付くと、後悔に押しつぶされた蛙のような短い呻き声が漏れた。先に否定すべきは間違い無く可愛いの方だったのに。日常的に男に浴びせられる言葉に慣れて、ついには受け入れてしまった自分を知って、穴があったら入りたい衝動をぐっと堪えると、途端に息が苦しくなった。
横には、ご満悦な狂児の顔。こちらの自覚も全部見据えて、嬉しそうに笑う男は、今日も聡実くんはかあいいなあと暢気に煽る。可愛くないわ。そう心で思って居るのに、男があんまり言うもんだから、そろそろ突っ込むのも疲れてきてしまったのかもしれない。
「じゃあ、今一緒に撮ろうか」
「話、聞いてないな」
「聞いてる、聞いてる。でも自分ひとりよりも誰かと撮った方が思い出になるやん」
「二人で、ピースして?」
なんでそんなにピースをこけにするんと笑いながら携帯を出してくる男に、狂児はハートとか作ったらええんちゃうと変に口が滑ってしまう。僕は柄じゃ無いけれど、男の長い指なら綺麗なハートが象れるだろう。その奥におっっさんの顔があるかと思うとやっぱりちょっと違うけど。
どうせならお揃いにしよ。と言われて。二人で揃いのポーズなんか知らなくて。もう何でもいいわと吐き捨てて、狂児の頬に自分の頭を擦り付ける。自撮りしようと腕を伸ばしても、うまく二人の顔が入りきらない。画角いっぱい、みちみちにおとこ二人が入って見える画面は想像以上にえげつなくて、可愛さなんかどこにもないやんと毒づきながら、どうにかブレないように力を込めてシャッターを切る。
「ポーズとる間もなかったな」
そう呟く男に、そんなもんだよと嘯く。でもこうゆうんも悪くないわ、て嫌にすんなり男が受け入れて、下手な自撮りを見下ろす目は、心なしキラキラしてて。そんなんではしゃぐんか、と思った言葉は声にならず。何一つ、心は整理できないまま、可愛いと小さく漏れた男の声が響いた。