「渡部さんは、ショートケーキの苺は最初に食べる派ですか?それとも最後ですか?」
「うーん、難問だね」
無邪気な問いかけ。それを至極真剣な様子でされて、答えより先に頬が緩んだ。彼女との大事な会話に意識を逸らすことなんて勿体ないのに、何かを返すよりも先に可愛いという感想が前に走りすぎてうまく頭が回っていかない。気を緩めればその本心が溢れてしまいそうで左手で覆った先の口元はやはりだらしなくゆるゆると歪んでいた。
「玲ちゃんは?」
先に食べる方かな?と考えながら聞けば、間髪置かずに真っ先に食べますと軽快な声が返ってきて思わず声を張って笑ってしまう。
「だって、好きなものは誰にもとられたくないじゃないですか」
「そうだね。でも、取って置いている間の時間も楽しくない?」
最後の最後のご褒美を置いておくと、その道程までもがわくわくしてくる。そうして目標を明確にしていくことも悪いことでは無い。そんな偉そうなことを考えながら、いつまでも残っていると思っていたお姫様を目の前でかっ攫われた無様な自分に言えた口ではないなと自嘲する。結局、手の届くうちに(といっても玲ちゃんにこの指先が掠ったことすら無かったけれど)食べて置かないとみすみす食べ損ねることもあるのだ。
「じゃあ、渡部さんは最後派なんですね」
「いや、どうかなあ」
正直ケーキの食べ方なんて覚えていない。そこまであの天辺に乗せられた苺に特別感を抱いたこともなく、フォークの先に当たったら、その時に口に放り込んでいたような気がする。結局どっちつかずの人間で、面白みの無い奴だと思われそうで確かな答えも無いままにはぐらかした。
「でも突然どうして、そんな」
「ハルくんが、最初に食べるのは子どもっぽいていうので」
なるほど。と一つ頷く。
「それで、大人な渡部さんも最初派だったら、反撃できるかなと」
なるほど。と二回目の頷きには、少しばかりの疑問符もついていたが、彼女の中で自分が大人代表のような扱いを受けているのはまんざらでもなく、大袈裟に頷いてみせた。
「それじゃあ、渡部さんは最初に食べる派に立候補しようかな」
「いや、そういうものでもなくてですね…」
単なるアンケートなので、と僅かな不正も許さない正義感の前に、俺の意見は手折れてしまった。加勢ができなくて残念といえば、いえいえそんなことはを逆に頭を下げられてしまった。例えばもっと後先考えずに行動をしていたら運命は変わっていたのかもしれない。彼女が、あの日の運命の人に再会する前に、ただの相談役でなくて、舞台の上に躍り出るチャンスもあったのかもしれない。今となっては横からかっさらわれたとっておきの苺を奪い返す事も出来なくて。それはどんな味だろうと夢見るばかり。
もしもの話なんてなんの意味もなくて、他愛ない話に自分の不甲斐なさを重ねて悲観するのも情けない。
「でもね。最初に食べる派になりたいと思っているのは本当だよ」
言った言葉が目の前の女の子には全く伝わっていないのが判る。きょとんと背中に書いてあるような表情でこちらを刺す彼女の頭には、ただ食べるだけなのでは至極真っ当な疑問が浮かんでいるのだろう。この期に及んでも未だ、苺を諦めきれていない。未練ばかりの男の口の中には甘さも飛んだ酸味だけが広がっていた。