3/23 【お題:最後の制服デート】狂聡

eas
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「憧れる? ああいうの」

そう言って、ウィンドウ越しの高校生のカップルを行刺しながら差しながらやくざが笑った。なんのことだろうかと、そのにたつきを目の端に取り残して誘導されるままに視線を移動させる。目の前にはなんの変哲も無い健全な男女が楽しそうに並んでいる。”ああ”と男がさしたものが、僕の手にはないものばかりでどれを言っているのかはたまた全部なのかが判らずに、そうですねと力の無い声が漏れていた。

イエスかノーで言えば、答えはノーだ。

強がりなのかもしれないが、到底自分には掴めそうに無い。おとぎ話のような別世界に見えて憧れることさえ頭に浮かばなかった。そんなことを言い出した男は、当然のように制服デートというやつもこなしているのだろう。学校に狂児がちゃんと通っていたかは知らないが、その道に入ったのはバイトきっかけと言っていた。ならば学生の頃にはそれなりの人と同じ道を歩んでいたに違いない。

「でも、僕もしたことあるんで」

「へえ」

「学校帰りに、制服で、デート」

カラオケに行くぐらいしかしたことないし、肩を並べて歩くよりさっさと黒塗りのセダンに乗り込むことが殆どだったが、それでも、あの時間違い無く制服でふたりきりで時間を過ごしていた。あれがただの特訓で、師匠と弟子という関係だったとしても、あれをどう思うかは本人次第だ。

「ええなあ聡実くんと放課後デートとかやれたら楽しかったろな」

「……いや、僕らが同級生だったらまず合わないと思いますけど」

「そう?」

そんなことないやろと男は言う。

よく考えてみろと胸のうちで吠えながら、まあ判らんけどと中身の無い返事を返した。同じクラスに狂児なんかがいたら絶対に自分からは近づくことは無い。ただ、この人はもしかしたら面白半分に突っかかってくるかもしれない、とは思う。だから、否定は出来ない。きっと、男に捕まってしまったらその沼からは這い出ることが出来ないでずるずると底まで引きずり込まれてしまうに違いない。

「別に、制服でなくてもデートなんていくらでもできるやん」

少しだけ負け惜しみが滲んで、昏い声が漏れた。変な湿気に男は気付いた筈なのに、それを聞かなかったふりをして似非の顔でせやなと笑う。

「なあ、クレープ食いたい」

「……そんなんどこで売ってるん」

「知らん」

正直今まで食べたいとも思わなかったから、どんなとこに行けば買えるのかも良くわからない。原宿とかに行けば買えるんだろうか。でも男ふたりであんなとこまでせっせと行くのも想像がつかない。これは我が儘だ。別にクレープが目的では無い。ただ、その計画を男と立ててみたいという憧れだけが突っ走ってしまった。

「探しにいこ」

別に見つからなくてもいいから。

かったるい、と口を曲げるかと思った男は、ふたつ返事でええねと応えてくる。なんや青春みたいで。と。青い春なんかスキップしてきた男ふたりが何を求めるのだろうかと自嘲しながら首を縦に振る。丸まったレシートを指に挟んで、先に席を立つ男の背を追う。皺一つない真っ黒のスーツから離れないように急いで鞄をたぐり寄せて席を立つと、ソファ席が歪に凹んでいた。僕の形に馴染んだ凹みを、もう自分の居場所では無くなったその場所を一瞥してレジ前へと走っていく。

外はまだ寒い。愈々出番かと膨らんだ桜の蕾も、春の夜の冷たさに身体を縮めて震えている。こんな冷たい風の中、歩き回るもんじゃない。そんなことは判って居るのに、外から吹き込んだ風に立ち向かうべく首に巻き付けたマフラーの下、にやけた唇は誰にも届かない春の歌を口さんでいた。

@eas
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