2024年3月末をもって放送作家業を引退する鈴木おさむ氏。彼は「SMAP×SMAP」(通称:スマスマ)、「笑っていいとも」などを手掛けた放送作家だ。SMAPの木村拓哉氏、中居正広氏と同い年の1972年生まれである。
そんなSMAPと縁の深いおさむ氏。文藝春秋でSMAPをテーマにした小説を時折発表しており、この度SMAP関連の3作目である『くじけずにがんばりましょう』が発表された。本作はSMAPと東日本大震災(3.11)を扱った内容だ。
僕は、これが読みたくて文藝春秋2024年4月号を買った。内容は言うまでもなく素晴らしいもので、まさに「事実は小説よりも奇なり」を体現していた。特に感銘を受けたのが、震災から10日後の3月21日22時、SMAP×SMAPの生放送があり、同グループのリーダである中居氏が発した言葉である。
彼は番組冒頭、「"3月21日月曜日、夜10時を回ったところです。今夜の番組はお台場から生放送で我々(SMAP)5人でお送りしたいと思います”」と話した。
東京も甚大な被害を受けて大変なのにSMAPは「今、お台場にいる」。そして(無理して)逃げなくてもいんだ。生放送を観ていた視聴者はそのように中居氏のメッセージを受け止めた人もいるのではないだろうか。
同著を読み終えたあと、震災当日の出来事のことをぼんやり思い出した。
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3.11はそれぞれの場所でそれぞれの出来事があった。ここでは僕の体験を記しておく。当時僕は新卒で就職はせず、東京でバンド活動に勤しんでいた。3.11当日は、副都心線の西早稲田駅で被災した。
当時、付き合っていた彼女の家が練馬の平和台にあり、そこからライブのために会場のある下北沢へ向かうため、僕は東京メトロ新副都心線に乗車した。
前日、ろくに眠れていなかったせいもあり電車で席に座った瞬間、寝落ちした。深い眠りだったと思う。平和台から何駅か都心に進んでいった先に西早稲田駅に電車が到着するも電車がなかなか動かない。僕は気にせず、まどろんでいた。
すると次の瞬間、電車が左右にぐわんぐわんと揺れたのだ。まるで遊園地の船のアトラクション、「バイキング」に乗っているかのごとく電車は揺れ続けた。僕も飛び起きたが、何もできずにただただ耐えるしかなかった。
1995年に阪神・淡路大震災を経験していたが、その揺れを大きく上まる震度が東京を襲ったのだ。
しばらくすると揺れは止んだ。しかし、電車は一向に走る気配を見せない。
「地上は危ないから地下にいてください」
うろ覚えだが、こういった車内アナウンスが聞こえた。
しかし、僕は下北沢のライブハウスへ行かねばならない。とりあえず地上に出よう。そうして西早稲田駅の階段を上がり外に出ると、見たことない景色がそこに広がっていた。
ビルの上部にある大きな看板は今にも落ちそうになっている。
ビルの中で働いていた会社員は全員外に出てきて、人ごった返しになっている。ふと信号をみるとまだわずかに震えているのがわかった。
余震がずっと続いていたのだ。
タクシーをなんとかつかまえて、わらにもすがる思いで下北沢へ行った。移動中、携帯電話をはじめ、通信のライフラインはほぼ途絶えていた。旧Twitter(現X)のみ生き残っていて、そこでバンドメンバーとやりとりをしていた。
どうにか下北沢について、運転手から「……2500円になります」と言われた。僕の財布の中身はからっぽであることをしぶしぶ伝えると運ちゃんは「こんなときですし、大丈夫ですよ。いつか2500円返してくれたら」と、非常時にもかかわらずやさしい言葉をかけてくれた。財布の中身もろくに確認せずにタクシーに乗るとはなんとも不届き者な奴……それが僕である。
僕は、「いつか……いつか、必ず払いますから!」とタクシーの運ちゃんに告げてその場を後にした。
下北沢北口を少し奥に進んでいった場所にあるライブハウスでは出演者やスタッフでごった返していた。いつもライブを見に来てくれるお客さんもいた。地震の規模の大きさから当日のライブはできる状態でなく「中止」の判断がなされた。
そのあと、ほどなくしてその場にいたみんなは三三五々となり、それぞれの場所へ向かっていった。どうにかして家に帰る者。ライブハウスに留まり一夜を明かす者。友達の家に匿ってもらう者。後日だが、故郷に帰った者もいた。
僕は楽器や機材を背負いながら、井の頭通りをひたすら吉祥寺方面に向かって歩いた。勤めている会社から「強制帰宅」を促された会社員のみなさんと一緒に、百鬼夜行のようにのらりくらりと歩いて帰った。不思議と会話はなかった。みんなどこかうつむき加減だった。結局、下北沢のライブハウスから1時間半から2時間くらいくらいかけて杉並区の家に着いた。
僕は、タクシーの運転手にまだ「2500円」を返せていない。
《特別公開》小説「SMAPと3・11」鈴木おさむが描いた“伝説の生放送” 「くじけずにがんばりましょう」 文春オンライン