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[wip]フランク聖職者AU/ピタフラ

しぐれ子/さぎしら
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公開:2026/10/9

その男は、ステンドグラスの前に跪き祈りを捧げていた。こんにちは、と声を張り上げながら礼拝堂の扉を押し開けた青年に気づいているのかいないのか、カソックを纏った背中は微動だにせず、岩のように沈黙したままだった。青年はどこか冷たい刃を首筋に当てられているような心地ながら一歩ずつ前に進み、いくつも並べられた長椅子のひとつに腰掛ける。そして、己もステンドグラスに向かって静かに十字を切った。

二人の他、礼拝堂の中に人はいない。それどころか青年が扉を開けるまで、長らくこの教会には人が寄りつくことさえなかった。その原因はひとえに、敬虔に祈りを捧げる神父その人であった。

唇と顎は濃い髭に覆われ、無造作に伸びっぱなしの髪をかろうじて左右に分ける程度の身嗜みをした男は、神父らしい服装以外にはあまり清潔感を感じられない。しかしそういったところが、ニューヨークの郊外にあるこの寂れた教会の雰囲気に合っているというのは奇妙なものだ。

祈りを捧げ終えた男は立ち上がり、振り返ることなく口を開いた。

「珍しいな、ここに客が来るとは」

男の声は低く、やや嗄れているように響いた。なおも刃のような感触を頸に感じながら、青年は答えるために口を開く。

「えっと……そう、滅多に人が来ないところだと聞いたから」

「何の用だ?」

「……懺悔に」

短い問いと、短い間を置いた短い答え。神父の男は眉をぴくりと動かして、背後を振り返る。

そこには、何やら深刻そうな表情をした茶髪の青年が座っていた。いかにも好青年という風貌で、まだティーンエイジャーと言っても差し支えなく、丸い瞳と短く整えられた巻き毛がとりわけ愛らしい印象を与える。

「坊や、告解室は要るか?」

「いえ。このままで、神父さん」

「分かった」

神父は青年に背を向けて、磔刑を描いたステンドグラスに向き直ると、胸元に下がったロザリオに手を触れた。指先で少し弄ぶようにしながら、小さく息を吸った。

「父と子と聖霊の御名によって——アーメン」

二つの声が重なる。厳かで低く歳を経た男の声と、やや上擦ったような青年の声。形式的な言葉を交わし、青年は己の罪を告白する。

青年は地元であるクイーンズで自警活動をしていた。大都市の人口の多さゆえ、軽犯罪であっても警察の手の届かない場所はどうしても存在する。若く体力があり、正義感を持て余す青年は彼以外にも居て、同志としてつるんでいる者たちもいるものの、彼は一人でそうした自警活動、あるいは単なる人助けのボランティアをしている。

もちろん、コミックに出てくるヒーローのような特殊能力などはない。ただ手の届く範囲の困っている人を助け、その笑顔を見ることだけを糧に、青年はもう何年もその活動を続けていた。

「僕は……この間、罪のない人を傷つけてしまいました」

そう語る声色からは、教会を訪ねてきた時の空元気めいた明るさはすっかり失われてしまっていた。落とした視線の先で、膝に置いた拳は小さく震えている。神父は背を向けたまま、黙ってそれを聴いていた。

「もちろん、わざとじゃありません。ただ——僕が捕まえようとしたのは、その人の弟だったみたいで。その弟さんが、僕に銃を向けていて……僕はその銃を奪おうとしたんです。そしたら弾みで引き金が引かれて、弟に駆け寄ろうとしたその人に……」

バン。鋭い銃声が頭の中で響いたような気がして、青年はハッと顔を上げる。

視線が合った。その時初めて青年は神父の顔を見て、しばし言葉を失う。男はじっと青年を見つめているだけだったが、その瞳は深淵の奥に待ち構える果てのない闇のように、暗く冷たい色を宿していた。殺気すら感じるような気がしたが、神父がそのような恐ろしい人物であるわけはない。青年はごくりと唾を呑み込むと、告白を続けた。

「……飛び出した弾は、その人の伸ばした腕に当たりました。銃口がもう少し下に向いていたら——そう思うと、ぞっとします。そうしたら二人とも呆然として、僕もまた何が起こったのか分からず、同じように呆然としていました。遅れて悲鳴が聴こえて、銃声を聴いたのか、すぐに警官がやってきて……」

ひと呼吸置いて、青年は目を閉じる。脳裏にはその光景が焼きついている。腕から真っ赤な血を流し、悲鳴をあげる男。自分が銃弾を受けたように同じく叫び声をあげ、青年の腕を振りほどいて駆け寄るもう一人の男。それを見ている自分。取り落とされてコンクリートに横たわるリボルバー銃。近づいてくる二、三人分の重たい足音。

「僕は……思わず、その場から逃げてしまいました。動揺していたのは確かですが、正しい行動だったとは思っていません。だから、ここに来たんです」

「——そして、赦しが欲しいと?」

神父の声が広くない礼拝堂に低く、重たく響いた。語りに集中していた青年は、男が自分のすぐ近くまで歩み寄ったことに気が付いていなかった。

ステンドグラス越しに注いでいた光が薄れて影が濃くなり、さらに口元を覆う髭と目元に影を落とす髪のせいで、彼の感情を推し量ることはできない。ただ声と視線だけが頼りだった。輝くステンドグラスを背景に背筋をぴんと伸ばした男は、まるで兵隊のように動かず、青年を見つめていた。

「……分かりません。ただ、僕は——」

「何であれ、祈り、これからの行いで償うことだ。……お前は今日、自分の意思でここに来た。この寂れた教会にな」

「僕は、どうしたら?」

「祈りなら、ここで好きにすればいい。償いのことなら俺が指示しなくとも、もう答えは持っているだろう」

もちろん、青年には分かっていた。ただ、胸に抱えた罪の意識を告白する相手と、誰かのひと押しが欲しかったのだ。だからここへ来た。地元からは少し離れた、郊外にある人の寄りつかない教会に。

神父の声は低く冷たく、重く青年の胸に響いたが、そこにはどこか共感のようなものが含まれている気がした。青年は何度か目瞬きをすると、唇の端を弛めた。

「そっか……ありがとうございます。でも、神父さんは神に代わって赦しを与える人だと思っていましたが」

「ああ……そうらしいな。だが、俺はそういう奴らとは違う。それだけのことだ」

男はぶっきらぼうに答えて、俯いた。視線の先には、胸元に下げられたロザリオがある。十字架を模った銀色は、今は光を受けておらず鈍い色を放っていた。まるでナイフのようだ、と感じた青年は、そうした自分自身のイメージに驚いた。普段物騒なものに触れすぎて、まったく関係のないものでもつい連想してしまうのかもしれない。そのイメージを振り払うように、青年は尋ねた。

「その、お名前を訊いてもいいですか? 神父さん」

「……ピート。ピート・カスティリオーネだ、自警団の坊や」

気怠げな様子で答えた男に、青年はぱっと表情を明るくして立ち上がった。扉を開けた時の空元気とはまったく違う、心からの笑みのようだった。

「わあ! 僕もピートなんです。ピーター・パーカー」

男はその答えに少し意表をつかれた様子で目を見開いたが、すぐに険しい表情に戻る。人を寄せ付けない冷たさを帯びた、暗く深い瞳の色。無造作に差し出された手も一瞥しただけで、尋ねてもないのにピーターと名乗った青年に背を向ける。

「坊や。用が済んだんなら、もう行け」

「別の教会では、ラテを出してくれるって聞きましたけど」

「生憎だが、ここにはミルクも砂糖も無い。もしまだ居たいってんなら、好きにしろ」

カスティリオーネ神父は吐き捨てるように言うと、ちょっと、というピーターの制止する声も聞かずに礼拝堂の奥へと消えていった。ということは、コーヒーはあるのか。言い知れぬ興味に胸が疼いた青年はその背中を追いたくなったが、しばらく感じていた奇妙な冷たさを思い出して、踏み出そうとする足を止めた。その名に親近感を持ち、彼に親しみを感じたのは、ほんのつかの間であった。

しんと静まりかえった礼拝堂は、秋の空気に満たされて冷ややかに青年を取り囲んでいる。その中で、ステンドグラスに磔にされた男がピーターを見つめていた。その身体を透かして降り注ぐ光は、どこか外の日差しよりも温かいように感じられた。

@eeergs
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