Coffee Inc 2という、Xやら、はてなブックマークやらちょいとバズっていたiOS専用の買い切りアプリゲームを、空き時間にポチポチやっている。
面白いのだけど、恐ろしい気分にもなるゲームだったので、たぶん営農とサブカルでいずれ扱おうと思う。
このゲームは、コーヒー屋を経営するゲームだ。なのだけど、このコーヒー屋をチェーン展開して全世界に店舗を持ち、株式上場を目指して増資をしたり、別のコーヒー屋を買収したり、不動産収入を得たり、ベンチャー企業へ投資したり、なんてことが出来てしまう。
最初は小さなコーヒー屋だったのだけど、規模がデカくなるにつれてキャッシュ・フローが厳しくなったり、逆に安定してくると使っても使っても使い切れないくらいのキャッシュが舞い込んでくるようになる。
ゲームのなかの私は、そんなことをやって、ほんの5年で個人資産が4500億円を超えた。会社のほうは総売上15億以上、毎週5億円以上の利益を生むようになっている。ゲームのなかでは、その有り余る資産の捌け口として、オークションで美術品を買ったり、保養地の別荘を買ったり、車を買ったりすることができる。
けれど、ゲームなので実際に手に入ることはないし、たとえ現実にそんな資産があったとて、私は高級リゾートに別荘や、船や、車や、美術品を欲しがったりするのだろうか。
たぶん、所有するほどではない、と思うんじゃないだろうか。
なったことがないのでさっぱりわからないのだけど。たとえ買えるような資産があったとして、私は生活が変わらない気がしてる。車はさすがに軽自動車じゃないかもしれないが、別に高級車には乗らないと思う。やっぱり軽自動車乗ってる気すらする。
このゲームをやっていると、扱うお金の金額の桁がどんどん変わっていく。これはゲームだから平気だけれど、これが現実だったとしたら、私はこの金額の桁の変化に耐えられる気がしない。毎週何億と赤字が出るのも、毎週銀行への支払いが数千万円あるのも、毎週従業員に数億円の支払いがあるのも、ゲームの数字だから見れるけれど、なにかポシャってこれが自分の肩に負債としてのしかかってくるのが恐ろしい。
そして、そんな負担に耐えて、手に入るのが高級車や別荘なら、別にいらないんじゃないか、とすら思ってしまう。月に行くとか?そんなこと、して、なんの意味が?とやっぱり思ってしまう。
ただ、現状維持は努力の結果で、惰性で生きてると何もかも喪うのが資本主義社会だよねーとは思ってる。自分が走るための餌をぶら下げないといけない、と思ってはいるのだけど、その餌が思いつかない。
いままで、働くことに「怒る」ことでモチベーションにしてきたのだけど、これが年々苦しくなってきているし、中年に入って本当に表に出るくらい怒るようになってきているので、いい加減、ウェルビーイングな生き方をしたい。
どうしたら、自分の成長を期待するような、欲が生まれるのだろうか。わからないまま、人生は続く。