※盛大なネタバレがあるので注意。一度しかない初見を大事にしてください。
美しいスロヴァキアの村と山々や画面の雰囲気、ショットは面白いものも多かったのだが、ストーリーの流れは正直……つまらなかった。映画を観るならたまに出会うべきつまらなさではある。
見どころはあるので先につまらないところを言ってしまうと、早い話が女性表象の杜撰さである。閉鎖的な村の中でしょうもない悪友とつるみながら暮らすエニョは多忙な母と休暇の折に会うことを楽しみにしているのだが、どうやら母は詐欺に近い方法で老人を搾取し、エニョが知らない母の恋人とよろしくやっているらしいことが明かされる。この母の表象がなんとも安っぽいというか……画面の温度感がかなり落ち着いているぶん用意されている悲劇の種類があまりに派手でわかりやすいのが浮いていると感じた。詐欺師で、なおかつ子どもをほったらかして新しい男の元に通うシングルマザーって……詐欺師のパターンはあんまり見ないけど後者はクリシェもクリシェというか……シングルマザーへの偏見全部盛りみたいな感じがする。孤独を描こうと思うなら思いあっているはずなのに決定的にわかりあえないところがあるというような、ボタンの掛け違えのようなものの方が好きだと思った。そしてこれは余談だけど、母親を恋人のように撮っているのはどういうことなんだろう……個人的にはあまり好きではない。あと移民問題などもラジオなんかでちょろっと出てきたけど、移民が問題なのか移民に対する排他的な動きが問題なのかがわからなくて身構えてしまった。映画全体としてはスロヴァキアの村全体の閉鎖的な性質を描いていたわけだから後者の意図を狙っていたのだろうとも思うが、女性表象で引っかかるところがあるからこちらもいまいち信じきれない。細部の整合性はこういうところで効いてくるのだな……と思う。あとなぜ母親とエニョは牧場に行くのかとかなぜエニョは母親に執着しているのかとかそういうロケーションの必然性やキャラクターの行動原理が全然示されていないところも気になる。これは単純に舞台設定の説明が拙いのだと思う。
面白いと思うシーンはいくつかあって、村の区画を俯瞰で映すショットや窓の多用には構図の面白さがあったと思う。あと序盤の穏やかで美しい音楽が流れているなかでモペッドで疾走するシーンが描かれていたのだが、この演出は好きだと思った。また、モペッドだけで走っているときはスピードがあるように感じられるのだが、村を出て高速道路を走った瞬間にモペッドのスピードのしょぼさがわかるのがものすごくよかった。エニョは閉鎖的な村のなかで友人も選べず、続く物価高のおかげで生活も苦しく、母にも裏切られ、唯一彼のそばにずっとあるのはモペッドなのだが、そのモペッドも決して良いものではない。けれど最後、彼はモペッドで疾走する。モペッド映画としてみたとき、この映画は面白くなると思う。
ちなみに監督が登壇するQ&Aつき上映に行ったのだが、俳優は本当に偶然出会ったロケ地の若者たちをキャスティングしたらしく、それには驚いた。ただここでもやはり……牛が意味するところは母性ですとの回答があったのだが、母性ってそんな必要なものか? と思う。というよりは母性の象徴として出てくるにはあまりにも牛の表象が唐突すぎるというか……。あのストーリーなら母親なんかいらねえ! もう俺にはモペッドしかいらねえ! で突っ切ってよかったような気がする。
ともあれ監督Q&Aには行けてよかった。次のチケットは最終日のゴダールしか取っていないのだが、ラモン・チュルヒャーの『煙突の中の雀』も気になる。時間があれば行く。とか言いながら、やることあるのに欲望に負けて行ったりするのがわたしという人間なのですが……。